6 なくなったいちご酒
「ルイーズ。今日から俺、仕事に出るよ」
「そうですか」
パド神父が逝去して五日だ。いい加減仕事に穴を開けるわけにはいかない。
親方にも迷惑をかけてしまったし、何よりも働かなければ妹を路頭に迷わせてしまう。
今まではパド神父の好意に甘えてこの教会に住まわせてもらっていたけれども、ルイーズと交代でこの教会の管理をするようになるまだ見ぬ神父が、自分達を今まで通りに住まわせてくれるとは限らない。
追い出されることは視野に入れておく必要があるだろう。幸いなことに、村には住む人間がいなくなって、空き家になっているところもいくつかあるので、住む場所に困ることはないだろう。けれども、それ以外の生活費は自分達でどうにかしていかなければいけないのだ。グイズとて、十七歳。一人で家族を支えるには若すぎる年齢ではあるが、そうは言っていられない。自分が妹を守らなければいけないのだ。
少なくとも、彼女が嫁入りする時までは、兄として責任がある。
「そうですか。リズさんのことは、あたくしにお任せください。リズさん、あたくしと共にお留守番はできますわよね?」
こくりと、リズはうなずく。五日前から共に生活をするようになったルイーズとの距離を測りかねているようだが、決して嫌がっているそぶりは見せない。
パド神父の一件がなければ、もっと懐いていたことだろうと思う。
優しく微笑むルイーズに、リズはオズオズと微笑を返す。まだまだ距離は感じるけれど、時間が経てば仲良くなれることだろうと思う。
焼いた四角のパンにバターを塗って、食べる。わずかに塩味の利いたパンは、なかなかにうまい。口を動かし、飲み込む。ようやく食欲は戻ってきたけれど、半分くらいは義務で食事を取っているような気がする。
「夜にデザートを用意しようと思っているのですが」
「あ、いいね」
甘いものは自分も妹も好きだ。グイズはチラリとリズを見た。小さな唇でもそもそとパンを食べているリズも、少し食事をとるようになったけれども、以前……パド神父の逝去以前に比べると、食欲はめっきり減っていた。無理もないので、無理じいはできないけれども、食べなければ身体が参ってしまう。
リズも、甘いデザートならば喜んで食べることができるのではないだろうか。
それは、グイズにとっても喜ばしいことだった。
「つきましては、いちご酒を使いたいのですが」
「ああ、いいよ。自由に使ってくれて」
許可を出す。けれど、ルイーズはちょこんと首を横に傾け、少し困ったように言った。
「それが……どこにあるのか、わからなくて」
「え? 食料庫になかった?」
「瓶はあるのですが、中身がなくて……」
「おかしいなぁ……」
あの日も、カインが持ってきてくれたと言っていたので、家のどこかには使っていないのが丸々あるはずだ。
グイズは不思議には思ったもの、大したことはないと思い直した。
「なら、帰りにカインところに寄って買ってくるよ。ついでに、カインも夕食に招待しても、いいかな?」
「ええ。ならば、お一人分多く用意しておきますわ」
「ありがとう」
カインの予定は聞いていないけれど、誘えば十中八九断ることはないだろう。
食事をある程度食べ終えたグイズは、まだまだ残っている朝食と格闘しているリズの頭を撫でる。柔らかな髪質は、自分とは違うものだ。
もう少し伸びれば、娘らしく結ったりするようになるのだろうか。
「リズ。お前も遊びに行けるようなら、遊びに行ってもいいからな」
「……うん」
子供にとって、遊ぶのは仕事みたいなものだ。家族で商売を担っている家では、子供も大事な稼ぎ手であるけれど、グイズのところではそれに当てはまらない。
まだ十歳のリズは、遊んで身体を健康的に鍛えるのが仕事だとグイズは思っていた。
時間が来たので、グイズはルイーズとリズを置いて教会を出た。
外は、今までと変わらない青空が広がっていた。




