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2 開錠

「カインちのいちご酒、すんげぇうまいもんな……。パド神父、どこか……行っちゃったのかな? リザは?」

 普段は、カインと同じようにパド様と呼ぶグイズだがルイーズの前なので、パド神父と呼ぶ。

「リザの返事もないんだ。だから、何かあったのかもって余計に気になっちゃって」

 リズというのは、グイズの妹である。パド神父だけではなく、リザからの返答もないと聞いてグイズの顔色がかわる。

 グイズは駆けだした。教会の扉には、確かに鍵がかけられていた。窓も同じように、内部からカーテンがかけられ鍵も閉められている。

 そこでグイズは裏口にまわった。こちらは、グイズたちの生活圏となっていて、通常、家に帰る時はここから入るのだ。

「そっちも鍵がかかってたよ!」

 追いかけてきたカインが息を切らせて言う。ルイーズも同じようについてきていたようだが、そちらに意識を向ける余裕はなかった。

 自分がまだ帰って来ていないのに、すべての鍵をかけているなんてことは、今までなかった。何か、異常事態が起きているのだとグイズの心をざわつかせるには十分である。

「パド神父! パド様! パド様! いないのか!? リズ、何があった!? リズ!!」

 大切な家族の名前を呼びながら、扉を激しく叩く。だが、どれだけ呼んでも叩いても、中から反応が戻ってくることはなかった。

「まさか……」

 震える吐息のような呟きに、グイズはカインを見た。優美なカインの顔が、青ざめていた。ドクンと、心臓が強く鳴る。

「な、なんだよ」

「……最近、亡くなる人が多いし……」

 ガチガチと震える歯を合わせながら、カインは懸命に言った。

 グイズは冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような心地になった。

 それは、グイズの頭にほんのわずかによぎった最悪な想定である。

 ここ最近、確かにカインの言うように村の中で、死者の数は急に跳ね上がっている。

 しかし不慮の事故だとか、ましてや殺人などではなく、老人たちが持病の悪化やら天寿を全うしてのことである。

 ゆえにまるで事件性はないのだが、それでも村人が立て続けに亡くなっているという事実は間違いなかった。

「……年寄りが多いからな。ちょうど、時期が重なっただけだろ!」

 不安と焦燥に駆られながら、早口でグイズは言う。語気が強くなってしまい、音にならない舌打ちをする。

 戸を叩いていた手が、ジワジワと痛みを持ってくる。かなり強い力で叩いたので、少しばかり痛めてしまったようだ。

 だがその程度のことは気にならないほど、今はパド神父と妹のことで頭が占めていた。

「パド様はまだ、くたばるような年齢じゃねぇよ」

 あの人がそう簡単にくたばるものか! と、強く叩きつけるように言うのは、自身の不安があるからだ。不安をねじ伏せる為に、声が荒くなる。

 パド神父は高齢とは言っても、天寿を全うするには早すぎる。血色もよく、しっかり食事も毎日とっている元気なパド神父が自然に命を落とすなんて、考えられない。

「そ、そうだよね……それでも、心配だよ。パド様に何かあったら……」

 愁眉を寄せる幼なじみは、昔から心配性だ。気が小さいせいもあるのだろう。

 だが、今のグイズはカインに負けないほど、二人のことを心配していた。

 教会の周囲には民家がないので、グイズたちがこれだけ騒いでいても集まってくる人影はない。そう――この教会で何か変事があったとしても、それに気づいて駆けつけてくれる者は、よほどの幸運がなければいないのだ。

「あの、もうここはいっそのこと扉を蹴破るか何かした方がよいのではありませんの?」

 鈴の鳴る声音に、ようやくルイーズの存在を思い出す。

「え、あ」

「一刻も早く中に入り込み、様子を見るにはそれが一番だと思いますわ。扉一枚よりも、人身の無事の確認の方が大事ではないかと、あたくしは思案いたしますの。違いますかしら?」

「いや、違わない!!」

 確かにそうだと納得し、グイズは扉から数歩離れる。助走で勢いをつけて、肩をぶつける。体重すべてを乗せたタックルだったが、扉はびくともしなかった。

「いってぇー! くそ、扉って頑丈なんだな!!」

 小説などでは、こういう時わりと簡単に開くものなのにと、痛みにグイズはうめく。

 思い切りぶつかったことで、容赦なく肩を痛めていた。拳と肩と、負傷箇所が増えただけである。扉は頑として開いていない。

「そのような方法で開くのであれば、扉による防犯の効果は皆無だと思いますわ。肉体で扉を開けたいのであれば、もっと鋼のような筋肉を有していないと……」

 それでも難しいと思いますけれど……と、ルイーズは言いながらグイズとカインに扉から離れるように言ってきた。

「どうする……つもりだ?」

 何か手があるのかとルイーズの小さな頭を見下ろす。自分よりもよっぽど小柄で華奢な少女に、どうにかできるとは思えない。

「扉一つを壊すというのは、単なる比喩ですの。そうなる可能性があるので、先に保険をかけたかっただけですわ。もちろん、グイズさんの雄姿によって扉が開いていれば、それはそれで、とても凛々しいことだと、あたくしは心よりの喝采を送っていたことでしょうが」

 ルイーズは歌うようにそう言いながら扉に近づき、少し屈んでドアノブの辺りを見つめている。どうやら、鍵穴を確認しているようだ。ある程度見分(けんぶん)すると、細長い針金のようなものをどこからか取り出し、鍵穴に突っ込む。

 そして、ものの数秒でカチリという音を立てて開錠(かいじょう)してしまった。

「シスター・ルイーズ……今のは?」

「おほほ、シスターとしての嗜みですわ」

 そんな嗜みがあってたまるかと、グイズは心の中で突っ込む。カインの複雑そうな顔を見る限り、おそらく自分と同じようなことを考えているのだろう。

 鍵開けができるシスターなど、おそらく規格外だろう。

「それよりも、早くパド神父たたちの安否を確認した方がよろしいのでは?」

「そうだ!」

「行こう!」

 ルイーズのもっともな言葉に、グイズは扉を開けるとパド神父と妹の名前を呼びながら、教会の中へと入って行く。それをすぐにカインが追いかける。確認はしなかったが、おそらくルイーズもついてきているだろうと、心の片隅で思った。



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