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聖なる鎮魂者たちの宴  作者: 缶詰め商店街パンダ支部
第一章 ルイーズ.アンダースワン
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0章 英霊と悪夢の欠片



 ひんやりと冷たい空気と乾いた土の匂いに混じったカビ臭さは、自分達が日常から切り離された場所にいるのだと、否応なしに肉体へと訴えていた。


「ねぇ帰ろうよ。パドさまも、ここにきちゃいけないって言っただろ」


 完全に腰の引けた親友の声が、夜のように暗い遺跡内で響く。

 土壁(つちかべ)がむき出しになっている遺跡内で、小さな影がふたつ、それぞれが持っている木に炎を灯しただけの粗末な松明(たいまつ)でゆらめいていた。


 どちらも、十にも満たない少年だ。

 ようやく、七つを数えたころだろうか。

 急ぎ足で前を進む少年を、もう一人の少年がどこか怯えたように追いかける。


 先を進む少年の返す声は、急ぎ足のせいか、それとも別に興奮しているわけがあるのか、わずかに弾んでいた。


「もう少しだけ。もう少しだけ、中に行こう。きっと、大丈夫だよ」


 返しながらも、根拠などなかった。

 確かにこの、村から少し離れたところにある遺跡は、先の戦で亡くなった魂を収めているとかなんとかで、立ち入ることを禁止されている場所だった。


 英霊と共に、たいそうな魔の者が――悪夢の欠片――と名をつけられている魔物が封印されていると言うことだが、前方を歩く少年は欠片も信じては、いなかった。


 自分達が住むような片田舎の小さな村に、そんな凶悪な魔物が封印されているわけがない。それを封印するような力が、この村にあるものか……というのが、少年の論である。


 どうせ、この洞窟――遺跡に、子供たちを近づかせないための口実なのだろうと、少年は思っていた。


「ねえ、やっぱりやめよう。帰ろうよ。ねえ!」


「もうちょっとだけだってば。怖がりだなぁ」


 少しからかうように言ってやると、後ろからついてくる足音の速さが段違いに早くなった。


「誰が怖がりなもんか!」


 意地っ張りな幼馴染は、大人たちとの約束事よりも、自分のプライドを優先することにしたらしい

 その様子に思わず笑ってしまう。


 二人は、手を繋いで中へと進んでいった。

 村の司祭であるパド神父以外、この遺跡に入るものはいない。

 約五十年前に起こった戦の傷あとを隠すように洞窟内に作られた名も与えられぬ遺跡。


 否。

 元は別の用途として建てられていた場所を、遺跡にした。

 自国の神への信仰しか許されなかった時代、命がけで他国の神を信仰し、殉教した聖職者の魂が眠っている渇いた(しとね)


 彼らはこの場所で密かに他神への祈りを捧げていた。

 背信者だと後ろ指をさされ、石を投げつけられ血まみれになっても、信仰を捨てようとはしなかった。

 一身に、祈りの(うた)を歌った。


 祈りを捧げ――そして命を奪われた場所。


 戦後、背信者たち計三十六人の魂はねんごろに供養されたが、それでも彼らの血で汚れたこの遺跡は、誰も立ち寄ろうとはしなかった。その遺跡を、今度は戦で奪われた魂を鎮魂させるために活用しているのだから、この村に住む大人たちのいい加減さときたら、子供の自分でもため息が出るくらいだと少年は息を吐く。


 同時に、悪夢の欠片とやらの話はどこから来ているのかと、疑問にも抱く。この村には、悪夢の欠片が封印されている話は残っているが、どういう経過で封印させることになったのか、そういった話はまるで伝わっていないのである。


 鎮魂者たちの魂、戦で失った魂、悪夢の欠片。

 どれも、そこはかとない恐怖と興味を、子供たちに与えるキーワードであることは間違いない。


 村の子供たちは、親や周りの大人たちから遺跡へは決して立ち入らぬよう、きつく言い聞かされている。

 むろん、現在遺跡の内部に侵入している二人の少年も、その村の子供たちの一部だった。


 そうだった、はずなのだ。


「奥に、いるんだ」


 前を急ぐ少年が呟く。


「え? な、何か言った?」


 帰ろうという割りに、一人で帰る気はないらしいもう一人が聞き返す。それに意地もあってか、もう帰ろうとは言わないようだ。


 握っている親友の手を、強く握りしめる。

 何があっても、離れることのないように。


 前へ前へと動く足を、とめることなどできないのだから。

 離れてしまえば、二度と出会うことができないような気がして、強く強く、握りしめた。


「い、痛いよ」

「うん」


 返事にならない答えを返す。


(だって、声が聞こえるんだ。歌が、聞こえるんだ。行かなくちゃ)



 奥の方から声がする。

 抗うことなどできぬ、甘美な歌声が。

 魂さえとろけさせてしまいそうな、至上の声が。

 呼ばれている。行かなくちゃ。

 行くなら、一緒に連れて行ってあげなくちゃ。

 大事な友達だけは、一緒に……



「―― 聞こえるんだ」


 確信を持って、少年はそうこぼした。

 自分は、選ばれたのだから、と。




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