7.他人の目
シルフィーは少しばかり躊躇した面持ちで話はじめる。
「私はね、能力はお母さんの方を継いだみたいなんだけど、種族の血はお父さんの方だったみたい」
シルフィーが掌を出すと小さな光が集まってくる。
「この子たちがね、周りの感情や動きを色や感覚で教えてくれるの。ただ私はちょっと敏感で、けっこう深くまで伝わってくるの」
そう言って光をそっと包み込んだ。
「あ、シキちょっと驚いてるね。でも良かった……。そこに軽蔑や恐怖は無いみたいで……」
シルフィーは哀し気に笑いながら続けた。
「ゴメンね、シキ。ホントはあなたのこと名前を聞く前から知ってたの。シャルガナにいる時からイシュディアの子供の話は聞いてた。私はそんな君と話してみたかったの」
「……まぁ、この大陸でオレの事を知らない方が珍しいかもね。なんせ領主の子供でイシュディアだからさ。悪い意味で目立つよね」
「ふふ。でも私はそうは思わないよ?──シキは周りと違うこと、怖く……無いわけないよね。私も怖い。
竜の本質、拒絶は本人の意思と関係なく私に向けられる。
私は早くに両親を亡くしてしまったの。でも近所の人達が良くしてくれたから、生活を支えてくれたから何とか生きてこれた。
みんな普通に接してくれた。仲良くしてくれた。
でも──。
自分では分かってはいても竜族じゃないと分かった時の色が、まるで違うものを見るようで、決まって冷たい。
──それが、どこかで伝わってくるのがとても怖かった……。
子供の私はその恐怖に耐えられなかった。
そんな孤独から私はここに逃げて来たの。そして他人とも私とも違う、君と直接話してみたかった。
まさか、あんな街中で見つけられるとは思ってなかったけどね」
シキはなんとなく悟った。
シルフィーがどんな孤独を感じていたかを。
それはシキが周りの視線に敏感なのと少し似てる気がした。ただ決定的に違うのは、シルフィーにはそれが正確に伝わること。
そして家族がいない、心の拠り所が無かったこと。
シキはイシュディアということでの、両親への罪悪感からくる孤独を。
シルフィーは他種族を拒絶される孤独を。
それを決して、直接他人の口から言われない怖さを、目を感じていたことを。
形は違ってもそれが自身にとってどれだけツライ事か、シキにも分かる気がした。
「──そっかそっか。シキは優しいね……。ちょっとでも共感しようとしてくれるんだね。色が優しくて温かいよ。
あれ?……どうしてだろ。なんか安心したのかな。
なんか──涙が……出てくる……」
シルフィーは力が抜けたように、地面にぺたりと座り込んで泣いた。
きっとシルフィーも不安だったのだろう。
ここに来るまで──イシュディアといっても自分と向き合って話すまで、どんな目を向けられるか分からない不安。
そんな気持ちを抱えながらラフィールまで来たのだろうと。
さっきまで笑っていたシルフィーがどんな気持ちで笑っていたのか。
それをシキは引き離そうとしてしまったこと。
自分しか守れない弱さを恥じた。
無くす前からそれを拒み、そのせいで共感できる何かを、
自分でも人のために何かしてあげられることを失うところだった。
シキは泣いてるシルフィーの頭を、そっと胸に包み込んだ。
「わわ!ご、ごめんね。泣くつもりなんてなかったんだけど、つい……。
……わぁー。シキの胸の中にあるもの、温かくて、優しくて──光ってる」
「──オレは全然優しくなんてないよ。何も出来ない、こんなことくらいしかしてあげられない……弱いままのイシュディアだよ」
「んーん。そんなことない。会ったばかりの私をちゃんと考えてくれてる。その優しさは強さだと思うんだ……」
「こんな優しさが強さなら、オレはとっくに強くなってたよ。今はただ、自分と重ねてるだけ。……都合よくシルフィーに自分を重ねてるだけだよ」
「それでも、今ここにある優しさは本物なんだよ……。そう感じる」
シルフィーは自分の顔をグシグシと拭くと、まだ拭ききれてない涙ながらの顔で笑った。
「あぁー!思わず気持ちが前のめりしてしまったー!……でも泣いたらなんかスッキリした!ゴメンね。いきなりこんな話しちゃって」
「……いや、いいんだよ。ちょっとでも気持ちが落ち着いたなら良かった」
シキもどことなくスッキリした表情で下を向いていた。
「ふー……。さぁ、私は涙ながらに過去を語ったよ?──次はシキのこと教えてよ。シキが今までどんな人生を歩んできたか」
「人生って……。オレはまだ12歳だよ?人生と呼ぶには程遠いよ」
「12歳なら同い年だよ!ねーねー、聞きたいよー」
先程までの涙が嘘のようにシキに迫るシルフィー。
それが無理して作っているのか、本来のシルフィーなのかは分からない。
ただ、さっきまでの気持ちは事実なのだろう。
シキは嫌々ながらも今までのことを話そうと思った。
「わ、わかったからさ!ちょっと落ち着こうシルフィー」
「あー。嫌そうな色。私にはわかっちゃうんだからねー」
……これは厄介だと思ってしまった。
シキは今まで自分のことを誰かに話すなんてことなんてなく、どこからどう話していいのか分からなかった。
「あれ?……もしかしてホントに嫌だった?なんかすごく困惑してる感じだけど……」
シルフィーはちょっと申し訳ない顔でこっちを見た。
「あ、違うよ!……ただホントに人と話すことなんてなかったからさ。自分の事ってどう教えたらいいのか分からなくて……」
「なーんだ。そんなことか。──じゃあ、最初から教えてよ!今までの事!」
「…………」
考え込むシキ。
最初からと言われても……。
「ゆっくりでいいからー!覚えてるとこからでいいからー!」
自分はさぞスッキリした顔で、興味を示すシルフィー。
シキは呆れながらも考え、とりあえず1つの結論が出た。
「──わかった、シルフィー。ちょっと歩こうか。そこに着いたら話すからさ」
「いいよー!時間は十分にあるからねー!」
シキはため息を吐きながらも、シルフィーの話を聞いてしまってからの後に引けない感が足を進めた。
◇
2人はその場から少し北東に向かって郊外の道を進んだ。
すると少し開けた場所に出る。
「ここは……畑の後?」
「──そう。ここは前に農園があった場所なんだ」
「そうなんだー。でももう使われてないのか、荒れちゃってるねー……」
「うん……、今は誰も使ってないからね」
辺りを見渡し、農園の近くに生える一本の木まで歩いた。
木の下には小さなベンチのような物が設置されていたが、少し壊れかかっている。
「はは……。懐かしいな。このベンチこんなに小さかったのか。昔はすごく大きく見えたのになー」
「へー。じゃあ、ここはシキの思い出の場所なんだー!」
「──良くも悪くもここに思い出があるのは確かだね。もう7年前かな……」
シキは覚えてる限りの、忘れることのない過去を話始める。
この場所で起きたこと。
失ったもの。
手にしたもの。
──辿る様に話始める。