6.少年と少女
しばし見つめ合う2人──。
その視線の間に恋愛的な意味合いはなく、殺る側と殺られる側のやり取りでしかなかった。
目を逸らしたら殺られる。
「ねぇ、シキ?」
「──はい」
「私のパンツ見た?」
「……はい」
「ふーん。──それで?」
「──ピンクでした……」
「────」
「──すみませんでした」
同い年くらいとはいえ一応、女の子。
怒った様子のシルフィーに、シキは釈然としないもののやってしまった事に(弁解の余地なしと判断し)頭を下げた。
「──もう、いいよ」
少し呆れた声にシキが頭を上げるとシルフィーは恥ずかしい様な、ちょっと呆れた様な顔で笑っている。
その顔にシキは少しホッとした。
「ただし!今回のは貸しね!なんかあったら返してもらうからね?」
「わ、わかった!オレにできることなら何でも!」
やや念を押したように言いながらも、シキに再び手をさし伸ばす。
同じ過ちを犯さぬよう今度はその手をしっかりと掴み、ゆっくりと引っ張られる様に立ち上がる。
立ち上がって向かい合う2人の距離は近く、少し身長の低いシルフィーはシキの顔を見上げて笑う。
今までこんな普通の会話をする事なんて無かったうえに、相手は女の子。
そして割と可愛い。
「……って言ってもオレに出来ることなんて──たかが知れてるけど」
「そうかな?そんな大それたことなんて言うつもりなんてないけど?」
いざ顔を合わせると照れくさく、シキは思わず目を逸らした。
逸らした目を追うように首を傾げるシルフィーに、対話能力皆無のシキは翻弄されるがまま赤面する。
そんなやり取りをしてる間も、街行く人の視線はしばしばシキの方を向く。
とりあえずこの場から離れたい一心で、フードも巻かずシルフィーの手を取り郊外へと走り出した。
「あ、ちょっとちょっと!」
シルフィーの声に目もくれず、街行く人を掻い潜り、とりあえず走った。
◇
大通りを跨ぐ様にして郊外へと走り切り、森林地帯の木陰に入って思いっきり息をついた。
「はぁー、はぁー。急に走り出すんだもん、しかも全速力。──息切れて死ぬかと思った」
「はぁー……あぁ、ゴメン。加減して走ったつもりだったんだけど、あまり人に見られたくなかったからさ。ゴメン」
膝をついて、かなり疲労している様子で息をするシルフィー。シキも申し訳なく背中を摩る。
「はぁー……。落ち着いた。足、速いね。あー、ゴホン。──これシキの忘れ物でしょ?」
シルフィーが抱える様に持っていたのは、ラグラスに投げ飛ばされた時、一緒にどこか吹き飛ばされた本の包みだった。
「それは──あぁ……完全に忘れてた。よく分かったね、持ってきてくれてありがとう。助かったよ」
「いいよいいよー。それ、本?」
「──そう。イシュディアはアーティファクトを使えないから、オレは本を読むことくらいしか楽しみを知らないんだ……」
忘れていたとはいえ、手元に戻ってきたことに安堵した。
包みに付いた土埃を払い、中身の無事を確かめるため布を広げた。
──どうやら本は無事のようだ。
シキは再度ホッとした。
「あはは。大丈夫だよー?ちゃんと水がかからないようにしたから!」
「はは、それは……どうも。その調子でこっちに浴びせた水も、もう少し加減してくれても良かったのに」
「それは君達が熱くなってるからだよー。頭を冷やしてもらおうと思って!」
シルフィーは苦笑いするシキの肩をポンと叩き、満面の笑みを見せた。
──そして気付く。
笑う──それが苦笑いだったとしても、家族以外にそんな顔を見せるのは何年ぶりか……。
本の無事か、シルフィーのペースに乗せられたか、街を抜けた安堵か、そんなのは関係なく人に見せる久しぶりの顔。
それが良い事なのか、悪い事なのか。
自分自身、混乱した。
たぶん良い事なのだろうと思う。ただ少しでも他人に心を開くことに、どこか抵抗があった。
それを失った時、また自分の無力さを知る気がして、
またあんな気持ちになる気がして──とても恐いものだった。
さっきまでの笑っていた自分を一瞬で見失うくらいに。
「ね、本って面白いの?」
あどけなく話すシルフィーから、顔を背ける。
「──シルフィー。イシュディアなんかと仲良くしても良い事ないからさ。あんまり関わらない方がいいよ……」
シキにとって、自分と普通に接してくれることが嬉しかった。自分自身そう感じたことがわかった。
嬉しい反面、それが無くなった時の苦痛が怖かった。
このまま仲良くしていれば、いずれその時がくると。そうなるくらいなら、最初から友達なんて作らない方がいい。
そんな不安定な自分から、シルフィーを引き離そうとした。
「ふーん。怖いんだ」
「──?」
「あー、やっぱり。なんか思い詰めて引き離そうとしてるでしょ。私にはわかっちゃうんだよねー」
自分の思考を読まれたかのようで、シキは驚いた。
まるで筒抜けみたいな、心中を見透かされた感覚。
「え、なんで?……もしかして、声に出てた?」
意想外な顔をしたシキをシルフィーは茶化すように笑った。
「あー、違うよー。私、エルフ族だから。私のお母さんがシャルガナ生まれでね、お父さんがレヴァント出身だったの。だから竜とエルフのハーフなの。精霊の勘!」
レヴァントはディアーナからすると外の大陸で、多種族が混在する大陸。他の大陸もレヴァント同様、1つの所属に縛られず混在してる方が多かった。
1つの種族に偏った大陸も珍しくはないが、ディアーナのように1種族だけという大陸は他に存在するのか不明なくらい珍しい。
じゃあ、なぜディアーナには竜族ばかりで他の種族が存在しないのかというと──。
竜族の本質的な部分に問題があったから。
竜族の本質、それは【拒絶】。
そのため他の種族を好まず、竜族どうしで結ばれることが殆どだった。
ディアーナに足を運ぶ種族も少なくはない。決して竜族が他の種族を嫌ってるわけでもなく、関係が悪いわけでもない。交流もある。
ただ本質、本能が同じ竜族を引き合わせ、他の種族との交配は稀だった。
その習性から、竜族は竜の血に他の血が混ざるのを良くないものとしている。
だから竜が住む大陸に竜族以外の種族が住み着くことがない。
他種族からの偏見か、意図して残された情報なのか、本に「竜族があまり良く書かれていない」というのは、そういうことも含まれているのだろう。