2.生まれる命
過去回想挟みます。
構成悪くてすみません……。
雪の降りしきる寒い夜の日、彼はこの世界に産まれた。
寒さを切り裂くような元気な産声をあげて。
「はぁ、はぁ──、はぁー……。見てあなた。男の子よ」
アカリは産まれたばかりの我が子を抱きかかえ、出産で赤みがかった顔に満面の笑みを浮かべて見せた。
「うん、うん。ああぁ……良かった……良く頑張った!頑張ったぁぁ」
アカリの肩を震えた手でぎゅっと抱きかかえ、スイレンは涙でぐしゃぐしゃになった顔を我が子に近づけ歓喜に震える。
初産ということもあり心配、不安、恐怖といった感情が安堵に変わった瞬間──スイレンの涙腺は崩壊した。
「ねぇ見て?この子とっても白いわー。何色にでもなってしまいそうに白い。そうね……。いろんな色、いろいろな人生を送れるように『シキ』って名前はどうかしら?」
「……グスッ、──ははは。そんな思い付きでこの子の名前決めちゃっていいのかい?」
「あらいいじゃない!こういうのは思い付きが大事よ?」
痛みを忘れ、満面の笑みを浮かべるアカリを見て、スイレンも涙ながらに微笑んだ。
「シキ──、シキかぁ。うん。いい名前だ。初めまして、シキ──僕が君のお父さんだよ?」
スイレンはちょんと指を出してシキの頬に触れる。
ほっぺたに出された指を、そっとにぎってみせた。
2人の顔は涙と笑顔で綻んだ。
母に抱かれ、父の指を握り、外の寒さとは裏腹に温かい出生をとげた。
両親に祝福され、シキは無事に産まれた。
しかし2人の幸せとは逆に、その場にいた者達の顔は困惑の色を隠せなかった。
◇
さまざまな種族が存在する世界『エルシード』
エルシード世界地図でいうところの中心に位置する巨大陸『ディアーナ』。竜の血を引いたとされる竜族が多く生息する浮揚大陸。
この浮揚大陸を割って対立する2つの国の領主。
西に火の国『グランダート』東に水の国『シャガルナ』
相反する国は、中央に位置する領土をめぐり領主戦を繰り返した。
火の国領主「アカリ」水の国領主「スイレン」
争いの中、現行世代最強の竜血と謳われた2人はやがて恋をした。
戦いの戦火は2人によって鎮められた。
むしろ両国が2人の手によって沈められそうになった。
2人の説得(武力行使)のすえ和解、婚姻。
和平を結び、領地の間に新たな国『ラフィール』が立国され、時が経つ間もなく2人の間には子供ができた。
最強の竜血を受け継いだ子供とあれば、さぞ有能な子供に違いないと。国は大いに期待し、両国から移住する者も増えた。ラフィールの繁栄に光が差したように見えた。
しかし
産まれてきたのは白い子供。生後まもなくは薄々としか感じとれなかったが、それはたしかに白かった。
白とは、【ルミア】に影響を受けていないということ。純正イシュディアの血を色濃く受け継いでしまったということ。
新たな命に喜ぶ者、落胆する者。
一度はまとまりかけていた国に、新たな亀裂を入れる事となった。
エルシードでは「人」や「獣」や「竜」などといった種族は無数に存在するが、大きく分ければ3つの血統に分類される。
天界に「ラフィス」
空に「ルミナス」
大地に「イシュディア」
この世の大半は「ルミナス」に分類され、個々の持つ力は【ルミア】に干渉することによって発動する。
【ルミア】とは、命あるものが存在する場所に大気ように満ちているもので、この世界で生活していく上で要のようなもの。
その干渉する属性のようなものを表すのが色。人種に近いものならば髪の毛の色など、どんな属性に干渉しているかは見た目で判断できてしまうというわけだ。
天界に『印』を持つ者「ラフィス」
体に『核』となる【ルミア】の扱いに特化した器官があり、ルミナスより強い操作性と能力を発揮する。
そして最も力なき血族とされるイシュディア。
イシュディアの血は【ルミア】に恩恵を与えるとされてきたが、そもそも【ルミア】を扱うことができないイシュディアは世間から無能扱いされ、必要となんてされなかった。
下賎な種族、最厄の種族だと。
そう言われるにも理由があった。
遠い昔、『ロストグランデ』による大地の崩壊。
この世界は一度死んだ。
もともと大地を支配していたイシュディア。大地だけでは飽き足らず天界の力、ラフィスを欲しがった。
イシュディアは天界を騙し、ラフィスの力を利用し、イシュディアの大地を天界に近づけた。
天界の神はラフィスを守るため自らを犠牲にし、浮いた大地を空に留めた。
神は【マナ】となり、今も大地を支える大気になっていると。
イシュディアの存在がこの世の均衡を傾けた。
滅ぶべき種族と。
◇
シキの出生からしばらく経ち、国全体に困惑の色は広がった。
現行世代最強の竜血と呼ばれた2人の子は、透き通るような真っな白髪の子だった。
イシュディア。最厄の血統。ルミア干渉能力0。
「ふっざけるなぁぁ!」
ラフィール協議会の一人、ジギルは顔と両拳を机に押しつけ、獣の様に息を巻いていた。
グランダート筆頭としてラフィール協議会へと配属。国の行く末、政治、経済、誓約に貢献しなければならないジギルにとっては、イシュディアの出生は予期せぬ出来事だった。
「子供がどちらの力に依存していようと問題ではなかったが……。イシュディアとはどういうことだぁぁっ!!」
拳を机に何度も叩き付け、怒りを慨然させていた。
「ジギル殿。どうなされたのだ──?」
拳を叩き付ける音を聞き、シャガルナ筆頭として配属されたグラマスがジギルの様子を伺いに部屋へ入る。
「どうもこうもないではないか!イシュディアですぞ!?和平協定を結び、ラフィールに移住してきた民達も困惑しているではないか!いったいどうしろと言うのだ!」
グラマスに迫り肩を強く掴み、歯をむき出しにし息を荒立てていた。
そんなジギルとは裏腹に、グラマスは落ち着いた面持ちで肩を掴んだ手に触れ、興奮をなだめるようにゆっくりと話す。
「どうもこうもない。それを知った上でシキ様の出生を喜んでいる民もいる。最厄の血統といってもそれは過去のこと。それがなんだというのじゃ?両国が和平を結んだということは、争う能力など無くて十分ではないか……」
「和平国の領主、その子供がイシュディアということはこの大陸自体に亀裂を生むことになりますぞ!?それでもグラマス殿はそんな悠長なことが言えるのか!?現に私を見てみなされ。協議会という立場でありながら困惑の色を隠せぬ……。私が民なら、イシュディアなどをこの国の中心に置く領主の気が知れぬ!」
ジギルはグラマスの手を払い除け、変わらぬ剣幕で言い放つ。
グラマスはため息混じりに肩で息をつくも、もうろくした目とは思えぬ鋭い眼光でジギルを見た。
「本来イシュディアとは、竜と共に生きた種族と記されておる。それはこの竜の地、ラフィールも同じ。竜と共に紡いできた血なのじゃ。さすればイシュディアの血が何らかの形で生まれてきても不思議ではなかろうて……。それはこの大陸に住む民であれば、皆どこかしらで理解はしているハズではなかろうか……。いずれそんな日もくると。それが領主の子供だったというだけの話じゃよ」
ジギルは「納得できぬ」といった表情で背を向けると、部屋から出掛け様に呟いた。
「もはや時代が時代。昔話など聞くに堪える──。さしずめ、あの魔女が元凶としか思えぬ。あの忌まわしき魔女め……」
「──カレン様をそのように言ってはならぬ。あの方はきっと、ワシ等には見えておらぬものが見えているのじゃよ……」
「グラマス殿……。こう見えて私は、本気でこのラフィールの行く末を心配しているのですよ」
ジギルは先ほどの様子とは別に静かに部屋をあとにする。
グラマスは1人、目を閉じ祈るように手を組んで願った。
それは何を願ったのか──。
何に願ったのか──。
ラフィールの行く末か。シキの行く末か。