1.プロローグ
風に舞い散る火の粉。
それはまるで、花びらが散りゆくようで、
美しく、儚く。
黒雲を割った空は白く透き通り、
雲間からこぼれる光は、大地を一本の道のように照らし出した。
焼かれた街から上がる黒煙は、
照らし出す光を、より際立たせる──。
花びらと光を纏って立つ『それ』は……、
何よりも黒く、深く、綺麗で──虚ろな表情をしている。
黒いノイズが飛び交う声で、
──彼に囁き手を伸ばす。
「──は死んだ……。──の命は──の物だ……」
「…………」
◇
ラフィールの少し高台に作られた城とは到底よべない城。
その展望台からは、ラフィールの街が端から端まで一望できる。
周辺には森林地帯が多いため、木造建築の家が多く建ち並び、和調風の文化が温かさを感じさせる街。
街といっても立国からさほど長い歴史があるわけでなく、街の規模として大きいとは言えない。
彼はここから景色を眺めているのが好きだった。
肩下くらいまで伸びた白い髪は、朝日に反射し眩しく白く光る。
シキ──年齢12歳。
身長も平均的、体は両親の遺伝からか割と細身といったところ。いたって健康な男の子。
その体から覇気は感じられず、心ここにあらずといった表情で遠い目をしていた。
ここに至るまでの人生、失うものばかりで得られるものなんて差ほどなかった。
いろいろな物が、人が、感情が、自分からは抜けていく。
1人が好きなのは、
……他人の顔色を窺わずにすむから。
1人でいるのは、
……余計なことに巻き込まれずにすむから。
本当は、
……これ以上何かを失うのが怖いから。
それでも世界は、シキを残して進み続ける。
◇
展望台から降りればそこは我が家だ。
城とよべない理由はその作りにもある。
城というからには一応、大広間や職務・応対室も完備されている。
しかし領主の意向でそれは必要最低限のものでしかなく、もしもの事態に備え、一望できる展望台を設けてはいるが……圧倒的に小さいものでしかなかった。
一国民として変わりない生活をする。それが領主。シキの両親の意向だった。
とって着けたように城の真隣に作られた家。
決して大きいわけでもなく、ログハウスのように作られた我が家は両親の自作。
そして尚も増築中。
そんな我が家からは食欲をそそる、朝食のいい匂いがしてきた。
「シキー!朝ご飯できてるわよー!」
母、アカリの声が展望台を下りる階段に響き渡り、シキはゆっくり、気怠そうに階段を下りた。
家の前にはアカリの姿が見え、眉間にシワを寄せた笑顔で待ち構えている。
シキと変わらない位に伸びた、深紅で艶のある髪。
『赤の攻竜』と呼ばれてた面影はなく、そこにあるのは紛れもなく主婦の姿。
「あらあらー、呼ばれてからずいぶんゆっくり来たのね?母さんいつも言ってるのだけど……ご飯はできたての温かいうちに食べて欲しいのよー」
やや困った表情で口元に手をあてて話す母の顔は、とても威圧的で恐怖しか感じられなかった。
「母さん、ごめ──」
口を開いた瞬間、母の回し蹴りがシキの喉笛を掻き切る直前で止まる。
その鋭さと、風すら置き去りにする速さに冷汗が垂れた。
本当にあたっていたら喉ズタズタだっただろう。
「呼ばれたらすぐ来る……いいわね?次は──当てるわよ?──さ!朝ご飯にしましょ!」
喉笛でピタリと止まった足を下ろして人差し指を立てると、歳らしからぬポーズをとり和やかな顔で笑う母。
エプロンをさっと直し振り返えると、隣接する森の中から父、スイレンも木材を運びつつ帰ってくるのが見えた。
母はそのまま駆け寄り、父に飛び蹴りをかました。
木材と共に父が吹き飛ぶ。
父に次はなかったようだ。
「さあ!みんなでご飯よー!」
太陽のように明るく温かく、火のように熱い。
そんな母だった。
◇
木材を調達する作業のせいか、母に蹴られたせいか、父は服はボロボロだった。
「……ははは。まいったね。母は強しもいいところだね。シキは大丈夫だったのかい?」
母と同じように和やかな顔で、どことなく控えめな感じで話す父、スイレン。
少し長身の背丈。腰上辺りまで伸びた、空のように澄んだ青い髪。
どちらかと言えば口数は少なく、いつも柔らかい物腰。
母と同様に『青の守竜』と呼ばれていた面影などなく、さながら休日のお父さんといったところだ。
「あぁ……。オレは大丈夫だったよ。むしろ父さんのほうが──」
ボロボロの父を気にかけながら、シキは乾いた笑顔で父を見る。
父はシキの頭を軽く撫でて、そそくさと母の待つ家へ入った。
水面のように緩やかで優しく、水のように静寂。
そんな父だった。
こんな2人が両親でいてくれたおかげで、シキはなんとか自分を保てていた。
家族といる時間はシキの気持ちなんてお構いなしに、温かい空気をシキに詰め込んでくる。
それだけが唯一、居場所を与え続けてくれるものだった。