自演乙w姫
乙の姫だから、乙姫なんだけど、自演乙って言われたりしますよね~。
わたしは竜ノ宮乙愛。中学二年生。
昨日おばあちゃんからスマホをもらった。
人気の機種でCMでもやってるやつ。
すっごい欲しかった! やったー! と、その時は喜んだものだった。
夜中にずっと触ってたけどいつの間にか寝てたみたいで、気がついたら朝になっていた。
で、アップデート? ってのが始まってて。よくわかんないけどそのまま学校のカバンに入れて持ってきちゃったっていうこと。
なんだかよくわかんないけど、わたしだってスマホくらい使えるのよ、うん、大丈夫。
初めから入ってるアプリもよくわからないけど使うやつは使ってればわかるでしょ。
そう自分に言い聞かせておこう。
先生には内緒だけど、隣の席のセイラちゃんにはこっそり教えちゃお。
って思ってたら足元がふらつく。
昨日の夜更かしのせいかな?
そんなことを思いながら身体が倒れていく。前のめりに、多分顔から。
地面がどんどん近くなってくる。
そりゃそんなに美人じゃないけど、いや、見栄張りました。平均よりちょっと下の顔だけど、くりくりっとした眼が特徴の愛嬌のある顔立ちなんです。
自分で言っててちょっと残念な気分になってきた……。
そんなことはどうでもよくって、このままだとファーストキスが通学路のアスファルトになっちゃうって!
一応女の子なんだし顔だけはヤダなー。
前歯折れたら最悪だよー。
とりあえず手はバンザイしてガードするか。
そう思いながら倒れこんで……。
ない?
ふわっと、一瞬浮き上がる感覚がした。
とそこへ。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
うわきたなにこのシチュエーション。
わたしを片手で支えるようにして受け止めてくれたのは、すらりと伸びた身長に目鼻立ちのしっかりしたそれでいて小さい顔。
まだ子供なのか大人なのかはっきりしない年代の中性的な顔はキラキラとしたグレーの瞳が目立つ。
その中でちょっと偉そうにした眉毛が印象深い。
少し茶色がかった髪は短く切りそろえられていて、男の子らしいといえば男の子らしいそれでいて清潔そうな感じ。
ほっそりとした腕はそれでも成長期の男の子よね。筋肉がごつごつしている。
その健康的男子の右腕に、わたしがバンザイして飛び込んだような形になってるわけ。
なんだこれすごく恥ずかしいぞ!
ん? 支えてもらってなんだけど、あんたの右腕なにわたしのムネをわしづかみにしてんのよ!
自分の顔が真っ赤に火照るのが判る。うわー、なんだかわかんないけどこっちが恥ずかしいっての!
わたしが男の子の手を振り払う。
「あ、ああ、失礼。急に倒れてきたもので、支えるのが精一杯で」
「い、いえ、助けてくれてありがとう……」
ムネをつかんでいたのは知らないのか気付いていないのか。
どうせ気付かないくらいちっさいわい! すぐ、おっきくなんだかんね、見てなさいよ!
って、誰が見るかって話だけどさ。
あ、よく見るとうちの制服じゃん。
グレーのブレザーに襟元は青の縁取り。青ってことは先輩か。今年は三年生が青。わたしの学年二年が赤で、一年が黄色なのだ。
胸の名札には浦川って書いてある。
浦川先輩か……。
それどころじゃない、ちょっとっていうかだいぶ恥ずかしいから、ありがとうございましたーって叫んで走って学校へ向かう。
相手は何か言ってたみたいだけど全然耳に入らない。今となっては顔だってまともに見られないよ。
わたしの通っている学校は名家の令息令嬢が通う私立嘉萌野中学校。
何を隠そうわたしもその名家の一族なのだー、なんて言ってみたところで授業料を払うのも大変みたいで、スマホどころかケータイすら持ったことが無かった名前だけのなんちゃて名家になんだけど。
いやそれでもスマホを買ってくれたおばあちゃんには感謝してるんだけどね。
パパもママもわたしが小さい頃に事故で亡くなったって言ってた。
おばあちゃんがいてくれたしわたしは覚えていないから悲しいとかはなかったんだけど、授業参観日とかで親が来ている子を見るとちょっと寂しい感じかな。
わたしの家、竜ノ宮家は、竜宮城の乙姫の家系だっていう話。
初めて聞いた時はわたしもそんなおとぎ話に出てくる人がご先祖様だなんて思いもしなかったけど、一応そういうことになっているみたい。
「おっはよー」
「おはよ~」
教室に入るとセイラちゃんが挨拶してきたのでわたしも返す。
月野星羅ちゃん。わたしの幼稚園からの幼なじみ。
ふわっとしていて背中まである黒髪。
眼もおっきくてまつ毛が長いの。唇もピンク色というかパールピンク? そんな色ででも品があって小っちゃくてかわいい。
身長はわたしより低いくらいだけどちょっとぷにっとしてるその柔らかそうな身体に、ムネは男の子が好きそうな大ボリューム。
嘆いても仕方ないが世の中不公平だ。
おうちは輸入業? 輸入代行? なんだかそんな感じのをやってるみたいで、ヨーロピアン家具を扱ってたりするんだって。まあなんだ、要するに家具屋の娘さんだ。まさに家具屋姫。
「オトメちゃん、何かいいことあったの?」
んー、いいことと言ったらスマホなんだけど、上級生にムネをわしづかみにされたのはあんまりいいことじゃないなぁ。
「ううん、別にね~」
適当にごまかしておこうかな。スマホのことは後でこっそり話そう。
自分の席に座ろうとして椅子を引いたら思ったより椅子が後ろに滑って、教室に入ってきた男子に当たった。
「ごめん! ごめんね!」
「ってぇ~~。なにすんだよタツ子!」
むかっ!
「何度言ったらわかんのよ、タツ子じゃなくて、竜ノ宮! ったく、誰かと思ったらトウジじゃん。謝って損した!」
「なんだとーなんだその言い方はー! どうせあれだろ、俺と話がしたくてわざとやったんだろ、自演乙だな!」
「なっ、んなわけないじゃない、そっちこそなによ、何様のつもりよ! 自意識過剰もはなはだしいわっ!」
お互いぷいっとそっぽを向く。
「オトメちゃんもトウジ君も、息ぴったりだねー」
「んなわけない!」
桃井桃次。中学に入ったとき同じクラスだった。二年になっても同じクラス。
初めにモモちゃんって呼んだらデコピンが返ってきた。それ以来トウジって呼び捨てだ。
サッカー部のFWで女子にも人気の自称イケメン。
確かにすっきりとした顔はしているしスポーツもできて、悔しいことにいや悔しくないけどさ、成績もそれなりにいい。わたしよりだ。
短く刈り上げた髪は茶髪というよりは金髪に近い。光の加減によってはピンク色に見えるから不思議だ。
生まれつきだって言ってたけど生徒指導の先生の女木に捕まって、身の潔白を証明するために腕の産毛をガムテープでむしり取って、それも金髪だから髪もブリーチじゃないっていう事を見せつけたっていうのが噂になってたこともあった。
あのコワモテの女木に歯向かっておとがめなしなんて、そりゃあファンの子からしたら武勇伝になるよね。
嘉萌野中はこのところの少子化のあおりを受けていないのか学年でクラスが5つある。多いのか少ないのかよく知らないけど、家の近所の中学は2クラスのところとかもあるみたいだから5クラスは多い方なのかな。
その中でクラス替えをしても同じクラスになるっていうのは4%くらいだっけ? それくらいみたいだけど、一、二年共に運良くセイラちゃんと同じクラスになり運悪くトウジと同じクラスになった。
どっちかっていうとわたしはトウジのような奴は好きじゃない。
むしろ嫌いな部類だ。
女の子にはちやほやされて鼻の下伸ばしちゃうような奴だし、それでもサッカーの試合で決めるところは決めるしカッコよすぎてヘドが出る。
大人になったら美人の女子アナと結婚するんだろうなぁなんて勝手な妄想をしてみる。
って、授業中に消しゴムを落としちゃったらコロコロとトウジの横に転がっていく。
あー、もうめんどくさい。
授業終わったら取りに行こう。
そう思って教科書に目を戻そうとしたら、偶然トウジと目が合った。
なんかこっち見てニヤニヤしてる。なんだあれ、うげー気持ち悪い。
ムカつくついでにわたしの消しゴムを拾わせてやろう。
わたしはトウジの足元に落ちている消しゴムを指差す。
トウジは自分の脚を指差して両手で丸を描く。
ん? サッカー? サッカーボール? もしかして試合に来いとかそういう事?
ばっかじゃないの、んなこといってないっての。消しゴムよ、消、し、ゴ、ム。
ことさらに足元を指差すと、あのサッカー頭でもようやく解ったのか足元に落ちているわたしの消しゴムに気付いた。
そうそう、それを取ってこっちに……投げたぁ!?
ちょっ、どわっ、まっ!
わたしが慌ててキャッチしようとすると、わたしの頭に当たってポコンって音を立てた。
で、ころころとまたトウジの足元かよ! もう知らん授業ももう終わりの時間だ、終わってから回収するわ!
わたしがムカついていると終了のチャイムが鳴る。
「あー終わった終わった。いやーそれにしてもさっきのヘディングは見事だったな!」
トウジがわたしの消しゴムを持ってきてくれた。一言余計なんだよ!
でもきちんとした淑女のわたしは礼を言ってあげるのだ。
「どうもありがとう。二度も拾ってくれて」
「おどうした、今日はやけに素直だなー。なんだ熱でもあんのか?」
不意にトウジがわたしの額へおでこをくっつける。
わっ、ちょと、やめ!
自慢じゃないが、彼氏いない歴イコール年齢のわたしには男子に触れるなんてのには免疫が無いんだ。
わたしだってトウジが自称イケメンでナルシストでカッコいいってのは理解している。
だからそんなことされたらどうしていいかわからないんだってば。
「んーちょっと熱があるかもな。保健室行くか?」
ほ、保健室ー!? 保健室でなにしてくれようとしちゃってんのよ!
「大丈夫だよー。オトメちゃん、今朝から元気だったから、熱なんてないと思うよー」
セイラちゃんナイスフォロー!
「そ、そうよ、それにほら、周りの女子の視線が痛いからさ、こういうのやめてよね」
「え? なんで他の女子の話が出てくんだよ」
「いや、だって、変に勘違いしたら困るでしょ」
「勘違い? 何を勘違いするってんだ」
「あんたとベタベタしてると、私がにらまれるじゃない」
「なんだよ、そんなことする奴がいたら俺が黙らせてやるよ、誰だよ!」
もう、どんだけニブチンなのよ。あんたみたいなモテ期のオスが私の近くにいるっていうだけで、嫉妬やらやっかみやらがひどいのよ。女ってそういうめんどくさい生き物なのよ。
「それにさ」
ん? なによ、なんか珍しくうつむいちゃって。
「それ、勘違いじゃねえから」
はあ? なに言ってんだこいつ。てか、ちょっ、まて、なに教室から出て行っちゃって。次の授業どうするのよ。
「もう、うちの学校はこんな奴ばっかりなんだよね。はあ、面倒だなあ」
「まあまあ、オトメちゃん」
セイラちゃんが私の頭をよしよしってなでてくれる。
この時のわたしはまだ知らなかった。まさかあいつとあんなことになるなんて。
これはわたし、竜ノ宮乙愛の自作自演に見えてしまうかもしれない程のドジっ子ぶりが巻き起こす、学園日常物語である。
ってそこ、自演乙wって言うなっ!
これ、書いたのが2015年11月ですって。
加筆修正して、とりあえず在庫整理で晒しちゃいましょ。
ちなみに、続きはありません(^▽^;)