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かぞくごっこ  作者: 由
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第1話

読んでくれたら嬉しいです。

『聞いた?笹原さんのとこの……』

『怖いわよねぇ、こんな小さな町で一家惨殺なんて…それに、息子さんひとりになっちゃったんでしょう?』

『かわいそうにねぇ』

『ほんとほんと』

『なんにせよ、うちじゃなくて……』




町中がこんな感じだ。

どこもかしこも俺の家の話でもちきりで、それも仕方ないかもしれない、頭のおかしな男が俺の家族みんな殺してしまったのだから。その頭のおかしな男というのが、この町の町内会の代表のような存在であったというのも、町の人たちが必要以上に危機感を募らせる理由のひとつである。

ついこのあいだ葬式を済ませ、天涯孤独孤立無援生活力皆無な俺はコンビニにでも行ってカップ麺を購入しようとしていたのだが、コンビニへの通り道には幼稚園が存在しており、こうして今、子供を見送った母親たちの井戸端を耳にしてしまったところだ。ちらりと視線を向けると、俺に気付いたのか、気まずそうな顔をして会釈をしてきた。それに顎で返し、興が削がれたので道を引き返す。


(今日の飯はどうすっかなー)


家族が皆殺しにされた喪失感は、日が経つごとにどんどんと大きくなって、俺の心の大きな部分がぽっかりとした空洞になっていっているのを感じる。小さい俺の脳みそでは処理できないくらいの膨大な感情の奔流を、いつになったら受け止められるのだろう。カップ麺でも食べながら考えるかと思っていたが、もうかれこれ2日はまともな飯を食ってない。思考に靄がかかって、大事なこともどうでもいいことも考えられなくなっている気がする。そうなったとき、俺という人間はどうなるのか、まぁ社会に与える影響は微小なものに過ぎないんだろうな。

ベタベタとサンダルを引っ掛けた足が子供みたいな足音を立てて、来た道を戻っていく。足元ばかり見つめて俯いているから、夏の日差しは俺の首元をジリジリと焼き焦がしているんだろう。流れる汗はむちゃくちゃ不愉快で、まとわりつく視線もそれ以上に不愉快だった。





玄関先には案の定マスコミが出張っていて、押し付けられるマイクと不躾な質問に気のない返事を返しながら、なんとか家の中にとびこむ。むわっとした熱気に、行く時にエアコンをつけていくんだったと後悔した。テレビをつけても、下らないワイドショーばかりで、その中には俺の家の話題も含まれていた。芸能人が俺の昔からの友達のように知った顔で同情の言葉を連ねるもんだから、気持ちの悪い快感と気持ちのいい悪意がごちゃまぜになって、テレビを消した。




笹原優一さん(17)は、なんにせよ一気に有名人である。数えてはいないが、おそらく数十日ぶりに学校へ行くと、やはり顔見知り程度だったやつから親しげに同情の言葉をかけられ、友人たちからはなんでも頼ってくれなんて到底無理であろうことを言われる。だったら俺を養って欲しい。朝一番に行くようにと電話で言われていた職員室では、担任の教師から辛かったなぁなんて安易な慰めのコトバをかけられる。はぁ、そうですねと俺が淡々と返すと、担任はひどく訝しげな顔をしていた。


あぁ、針のむしろに寝っ転がってるみたいだ。


もともとそんなに強くはない俺の肌は、夏の日差しで乾き果てて、さらに知らない人からの無意義な感情のベクトルで刺し貫かれてぼろぼろだ。……ちょっと詩人が過ぎたかもしれない。

教室にむかってぼてぼてと歩いていると、よく見知った人影が見えた。というか、その人影はこちらにむかって走ってきているようだった。


「ゆういちっ!やっと学校来た!」

「よう…葬式では、世話になったな」

「ううん、あたし、おじさんおばさんにも、優里ちゃんにも、たくさんお世話になったから、あたしがやりたいことやっただけ」


辻本ゆかりはいわゆる俺の幼馴染みで、家が近所にあり、同い年というだけだが、不思議なことに高校生になった今でも親しい関係が続いている。


「ねぇ、ちょっと痩せた?」

「そうか?気のせいじゃねぇの」

「やっぱりご飯、うちで食べない?母さんも優一なら歓迎するよきっと」

「ゆかりの母さん俺のこと大好きだからな……でも、遠慮しとく」


俺がそう言うとゆかりは「そっか」と言い、それ以上は何も言わなかった。ゆかりのこういうとこが好きだ。もちろん、そういう意味で。そりゃ、綺麗な横顔とか、陸上しているから日焼けした肌とか、そういうとこもそりゃ好きだけど、やっぱりゆかりは俺をちゃんとわかってるから、そういうところが好きだ。




結局学校は早退した。真昼のこの町の静けさは異常で、一種の不気味さすら伴う。自宅と学校はそう離れてはいないが、めんどうくさがりな性分から、徒歩ではなく自転車で通学していた。無心でペダルをこぐうちにほどなく家に着く。

玄関の戸を開いて、ただいま、を言わなくなったのは意図してのことだ。声の反響が虚しさを助長させるから、なんてありきたりな理由だが。

年季が入ってうまく回らなくなった玄関の鍵を回して、夏が立ち込める家の中に踏み込んだ。



「おかえりなさーい」



「……は?」


篭った熱気により眉をしかめることはなく、むしろ室内はひどく涼しかった。


(は?不審者?なんで、誰だよ、は?)


まとまらない思考を一気に現実に引き戻したのは、ばたばたというよりはぱたぱたなんて軽やかな床を蹴る音だった。


「おかえりって言ったらただいま、です!」


ひょこっ、なんて効果音が聞こえてきそうなくらいにすばしこいその少女は、たぶん10歳くらいにみえた。幼いが何故か気迫のある表情で窘めるようにそう言うものだから、俺はつい、「ただいま……」なんて返してしまったのだ。

そう言うと少女はひどく満足気な表情でうんうんと鷹揚に頷く。


「そうじゃなくて!お、お前は誰だ!?」


「誰、なんてひどくないですか?こんなかわいい女の子に向かって」


「かわいかろうとなんだろうと、不法侵入者だろうが!」


「いえいえ、ちゃんと鍵を使って玄関から入ってきました。あ、この家の鍵錆びてます?とても回しにくかったです」


「一層タチが悪いわ!」


少女がもみじみたいな手の中で、見覚えのある形の鍵がもてあそばれていた。

わなわなと震える俺に対し当の少女はというと、俺と目が合うと微笑んでいる始末だ。

薄い茶色の、ヘーゼルナッツみたいな形のいい目を、やけに大人っぽく細め、少女は口を開く。




「えんは、あなたの家族です」




悪い冗談だ、そう思った。家族は知っての通り皆殺しにされ、親戚もいない、俺は天涯孤独の身だと法が証明しているのに。

なんだこいつは、


「そんなちっちゃいナリで薬でもやってんの?俺に家族はいない、親戚もいない。俺をきみの家族だと思い込んでるなら、いい病院を紹介するけど」


「知ってます、だってえんとあなた、全く血縁関係なんてないんですから」


「だったらなんだ、俺をからかいに来たのか?」


「いいえ、そうじゃないです」


少女は青色のスカートのポケットをゴソゴソとまさぐる。ほどなく、四角形の小さな紙を俺に向けて差し出してきた。


「えんの名前はえんです!」


『代行家族サービス えん』


なんて、明らかに手書きの端がよれた名刺らしきものを差し出しながら少女は、


「今日からあなたの『代行家族』になります!」


そうやって天真爛漫に笑うもんだから、俺はこいつの横っ面をひっぱたいてやりたくなった。……やらなかったけどさぁ!

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