できちゃったけっこん
閑散とした平日午後の公園に、飯原は付き合って三年目の由美に呼び出されていた。もしかしてあれのことかな、などと想像を膨らませる。飯原は期待と不安を胸の中で爆発させ、職場を飛び出して待ち合わせの青いベンチに向かった。
「飯原さん…私、できちゃったみたいなの」
「!」
席に着くなりそう切り出された飯原は、驚きの余り一瞬言葉が出てこなかった。
やっぱりか。予想はしていたが、その台詞に改めて現実感がこみ上げてくる。飯原は唾を飲み込みながら言った。
「そ、それで…いつ?」
「二日前よ」
「相手は…誰?まさか…」
「その…となりに住んでるおじさん…」
「!…い、一体何で…!?」
「衝動的にと言うか…とにかく気がついたら、ヤったあとだったの」
飯原は一瞬固まった。それでも、しっかりと彼女の目を見ながら、震える声で告げた。
「手を出して」
「え…」
「いいから」
おずおずと手を差し出す由美に、飯原は右ポケットに隠し持っていた結婚指輪…ではなく、手錠を取り出した。
「逮捕しよう、由美」
「飯原さん…!」
由美が目を潤ませて縋るように飯原を見つめた。しかし、いくら「できちゃった」とは言え、殺人は殺人だ。日々の鬱憤や焦燥に駆られ、衝動的に人を殺してしまう「できちゃった殺人」…近年若者にその傾向が多いとは言え、まさか自分の彼女が殺人者になるとは、飯原も信じたくはなかった。
「…できれば由美と、幸せになりたかった」
「待って!飯原さん!」
飯原は席を立って目の前の最愛だった人に背を向けた。最悪の結末に天を仰ぐ。これから上司に報告しなければ。「できちゃった殺人」の検挙率署内ナンバー1を誇る飯原だったが、今回の逮捕だけは一生喜べそうにない。飯原は携帯を手に取った。
と、その時、背中に熱を感じた。
由美だ。由美が抱きついてきたのだ。飯原は一瞬言葉に詰まった。
「あ…」
包容された背中から、熱がどんどん増していく。凶器を握る彼女の指先から、真っ赤な鮮血が滴り落ちた。飯原は目を落とした。足元に広がる出来たばかりの血痕が、寄り添う二人を祝福するように取り囲んでいた。
「飯原さん…私、またできちゃったみたい…」