第九五話……直也と柏原3
見つかった!
直也が振り返った時、その男と目が合った。次の瞬間、男は引き金を引いた。
「!?」
銃口から銃弾が飛び出すその時、ゾワリと直也は肌が粟立った。彼はその銃弾を見ていた。時が止まったかのように、柏原も男も銃弾も動きを止めている。
このまま行けば、その銃弾は柏原を貫き、その命を奪うだろう。
脳裏に土砂崩れの岩間に消えて行く母親との記憶がよみがえる。
直也の母親は、彼の目の前で土砂崩れに巻き込まれ命を落とした。その時に、直也は能力に目覚めたのだ。ゆっくりと土砂に飲み込まれながら手を伸ばす母親を、初めての能力覚醒への戸惑い、土砂への恐怖に負け、直也は永遠に母を失うことになったのだった。
くそ、ためらうな! 動け!
震えが体をまとう。また大切な物を失ってしまうのではないかという恐れが枷となる。
引き寄せるんじゃ、間に合わない!
直也は自分に言い聞かせ、まだ気がついていない柏原の方に飛びついた。
「えっ!? 直也!?」
柏原は突然直也に押し倒され妙な声を上げた。しかしそれもほぼ同時に銃声によってかき消される。
「……!?」
銃声が廃墟の街に木霊する。
どこから複数の足音が近づいてくるのを柏原は他人の耳のように聞いていた。
「な、直、也……?」
「すまねぇ……柏原、逃げてくれ……」
彼の体から血が流れている。ドクドクと脈でも打つかのように、吹き出し、柏原を赤く濡らしていく。
「直也! 直也!?」
柏原は直也の名を何度も呼んだ。徐々に生命が失われていく直也を引き留めようと柏原は夢中で彼を抱きしめた。
しかし、その流れが止まる事はない。
柏原は直也が自分に覆いかぶさってきた事が、自分を助けるための行為であったという事を遅れて理解した。
「……貴様っ!」
「!?」
直也を撃った男は戸惑いながら立ち尽くしていた。体を硬直させ、銃口を震えさせていた。彼は撃つ気はなかったのだ。ただ、実験体との交戦により命を落としたという仲間がいたという情報から、彼らへの恐怖心が引き金を引かせたのだった。
「!」
キッと柏原はその男を睨みつけた。
「ああ!?」
震えた男は全身を震わせながら顔を恐怖に歪めた。
「な、なんだ!? や、やめろ!?」
男は直也を撃ったアサルトライフルを自分の足に向け、躊躇うことなく撃ち抜いた。
体を支える片足を撃ち抜き、バランスを失って男はその場に弾けるように転がった。
「ぐあああっ!?」
「うるさい、少し黙れよ」
静かに言う柏原に、今まで悲鳴を上げていた男の口は自分の意志とは関係なく閉じられる。男は口を閉じたまま悲鳴を上げ続けた。
柏原はゆっくりと直也を仰向けに寝かせ、それから瞳を閉じた彼にそっと唇を重ねた。
「少し待っていてね……」
柏原は立ち上がると、直也を撃った男から銃を取り上げた。
その光景に男の目に絶望が浮かぶ。
「お前の命を取る気はない」
「……!」
男の口は開かないままだった。しかし、なぜ自分が自分で足を撃ったのか、口が開かなくなったのか、すべてはこの少年の能力によるものだと察しがついていた。
もはや、自分の命を握っているのは彼だと言っても過言ではない。その彼の言葉に男はわずかながら希望を膨らませる。
「だって、全然足りないもの。恐怖も痛みも」
「……!?」
柏原は冷めた瞳で口元だけ笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らした。すると、男は糸でも切られたかのように気を失った。
柏原は男から奪った銃をポケットに突っ込むとビルの外へと出て行った。外には、銃声を聞きつけ、武装した守衛団の隊員達が集まってきていた。