第九四話……直也と柏原2
「みんな、うまく行ってるかな?」
「どうだろうな……上村達は別としても、こんなに警備の人間が動いているとしたら、他の奴らも追われている可能性があるよな」
「そうだな……」
直也の言葉に柏原は視線を落とす。
仲間との連絡手段を持たない二人にとっては、今はただ第六研究所を目指す他にない。
二人はしばらく黙りこんだ。
ここまでの疲労と息を潜めていないといけないという思いが二人の口を重くする。
ここにどれくらい居ればいいのだろう?
岡島達や反対方向に逃げた塚本達は無事だろうか?
「直也……」
「うん?」
「直也は研究所まで辿り着いて、生物兵器を始末して、それからどうするつもり?」
「どうするって……」
膝を抱える柏原は、透明感のある瞳で直也を見る。直也はそれから少しだけ未来の事に思いをはせた。
「そうだな……俺の育った所は小さな山小屋みたいな所でさ、こういう場所とは全然違うんだ。まだ、爺さんと婆さんがいるんだ。だから、一度、そこへ帰ろうと思う」
「山か……いいね」
柏原が微笑むと直也は苦笑いで返す。
「そうだな、空気は澄んで、景色もいい、でも、何もない所さ」
「そうなんだ。僕、そういうの好きだけどな」
直也はそう言って笑う柏原がたまに女に見る時があって、何度か目をこすった。
柏原は普段からおとなしい男だったが、ごくたまにその立ち振る舞いや仕草にそう言ったものを感じることがあった。まるで、女が男を演じる時のような、不自然な男のように見える時があるのだ。
しかし、柏原が女のはずがない。直也はシャワールームで柏原とすれ違った事があったからだ。
「……?」
「あ、それで、お前は?」
「僕? 僕は……」
柏原は唐突に聞き返され、少し困ったような顔になった。
「僕は、実は行く所がないんだ。だから、直也の育った山に行ってみたいな」
「……ああ、いいぜ。でも、山道が結構あるけど、体力が持つのかな?」
「大丈夫だよ、その時は直也におぶってもらうから」
「こいつ」
悪戯っ子のような顔で言う柏原に直也の顔からも笑みがこぼれた。
気が緩んだのか、グゥゥと不意に直也の腹の虫がないた。
「ふふっ、お腹が空いたのかい?」
柏原は、自分はウエストポーチから自分用に割り当てられた携帯食を取り出すと「はい」と直也に差し出した。
「いいよ、それはお前のだろう。丸々食べていないじゃないか」
「僕はあんまり食べなくても平気だから」
「そういうわけには……」
丸々残っているという事は、柏原は脱走をしてから一度も食事をしていないという事になる。途中で水分はとっているとはいえ、空腹でないはずがない。
「なら、半分だけ、山道をおんぶしてもらう先払いって事で」
そう言って柏原は笑顔でケースの中から携帯食を出して見せた。直也がすでに食べてしまった物と全く同じものだ。
「……じゃあ、半分だけ」
「うん」
彼が頷くのを確認して柏原はブロック状の携帯食を半分に割り、直也に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう……!?」
なんだ? 影が?
柏原から直也へと携帯食が手渡されるその瞬間、ヒヤリと寒気が走った。自分達の間に入るように影が立ったという事に。