第九三話……直也と柏原1
「柏原!」
「うわっ!?」
横を走っていた柏原に平田直也は覆いかぶさるように飛びついた。
次の瞬間、二人の頭上を銃弾が空を裂く。
「くっ……!」
どういうことだ? こんなによく見えるなんて……!?
直也は戸惑うほど冴え始めた自分の能力に戸惑っていた。彼の能力「ストップモーション」は飛来する銃弾をほぼ静止画のようにはっきりとその瞳に捉えている。
研究所にいる時に銃弾を試した事はあるが、ピッチングマシーンから射出されたボールほどまでしか視る事ができなかった。
まるで、研究所を離れるほど能力が冴えていくような感じがするな……。
「直也!?」
「大丈夫だ、それよりも走れるか?」
「僕は大丈夫、でも数が多くなってきたね」
「ああ……」
これだけ能力が冴えていれば、二、三人の相手ならば、もしかしたら戦う事ができたかもしれない。しかし、今ではそれも難しい。
せっかくここまで来たのによ……。
直也は柏原を立たせながら歯噛みした。
あの電車への襲撃の時、二人は脱線した電車の陰で目を覚ました。
進行方向側、先頭車両に近い所まで逃げる事に成功した二人は小型戦闘機激突の衝撃で気を失ったのだった。
幸いな事に二人に外傷はなかったが二人が気がついた時には、すでに電車内や周囲に人影はなくなっていた。そのため、二人はそのまま逃亡を再開したのだった。
「とにかく今は逃げるだけだ……」
二人は隠れる場所を求めて建物の多い旧市街に逃げ込んだ。
戦う術はないに等しい。何としてもやり過ごさなければならない。
入り組んだ路地をジグザグに抜け、廃墟のビルに忍び込み、そこで息を潜めた。
装備を着こんだ隊員達の足音と装備の擦れる音が街の中を彷徨っている。
「はあ、はあ……」
自分の息の音も煩わしい。できるだけその気配を消したくて、柏原は無理やり呼吸を整えようと努めた。
「大丈夫か?」
「うん……」
直也の問いに柏原は頷いてから思わず口を押えた。足音と車両の音が近くを通り過ぎていく。
「……ふぅ」
「何とかなったかな……?」
「ああ」
しかし、しばらくはここを離れる事をできそうもない。
柏原は気が抜けたのか、むき出しのコンクリートの壁に持たれながら息をつく。汗で濡れたシャツが体に張りつくのが気になるのか、居心地がわるそうに体勢を変える。
「何見てるのさ?」
「いや、何でもない」
その柏原が妙になまめかしく。艶容に佇んでいた。直也は彼に上目使いでたしなめられると平静を装って視線を逸らした。
何を考えているんだか、男同士だってのに。