第八八話……龍歩と弥生3
麗菜の申し出に声を上げたのは妹の静香だった。姉の心はわかっている。二人の気持ちは能力で繋がっているのだから。
しかし、気持ちがわかるのと、理解できるのはまるで違う。
それがなぜ起こったのかはわからなかったが、千堂は彼の知りえた事、伝えたかった事を飛ばす事に成功した。弥生は自身の能力によりそれをキャッチし、彼の異変と過去、そして本当の気持ちを知った。
それは同時に『テレパシー』の範囲にまで、拡散し、沖田姉妹も弥生ほどではないにしても千堂の異変をキャッチしていた。
「これから本隊が来るんだよ! 私達を捕まえに!」
「わかってる」
口に出さなくても、二人の間では通じ合っている。それでも静香は口に出さなければおさまりがつかない。
しかし、それでも麗菜は聞く耳を持たない。
姉の決意は固かった。
「第六研究所はもう近い。でも、追っ手が来る事も確実よ」
「だったら逃げようよ! あとの事は他のみんなが何とかしてくれるよ! もう他の誰かが第六研究所について、よくわかんないのだって、何とかしてくれてるはずでしょ!?」
今この瞬間にも事は進行しているかもしれない。生物兵器は破壊されているかもしれない。だとしたら、このまま研究所に向かわずに逃げる事だって一つの選択肢のはずだ。
「お姉ちゃん!」
「静香……あなたは逃げなさい」
「……!?」
「逃げて、どこかに隠れていればいい。すべて終わったら、私が呼んであげるから」
「……」
同じ顔をした双子の姉妹は対峙する。姉は前を、妹は俯き、言葉を探した。
私はお姉ちゃんに危ない目にあってほしくない……。お姉ちゃんと一緒にいたい……。
麗菜はいつも静香を守ってくれた。歳も顔も体つきも似た双子ではあったが、姉と妹というその立場だけで、麗菜は常に前に、静香は自ずと後ろに立っていた。
「弥生さん、行きましょう」
「……いいの?」
「はい。神楽さん、静香をお願いします」
「え、ええ……」
麗菜は俯いたままの静香に目を向ける事もなく、神楽にそれだけを言って背を向けた。
二人の間に明けの風が吹き抜ける。
「そうそう、神楽……」
「えっ?」
「たまには力を使うべきよ。もしかしたら、あなたにとって予想もできない何かを発見できるかもしれないもの」
「それ、どういう事?」
「……さあね、全部終わってもまだわからないなら、教えてあげる」
弥生は子供でもあやすように神楽の頭を撫でると、再会を誓って別れを告げた。
そして麗菜と弥生は昨夜歩いた道を戻り始めるのだった。
静香が顔を上げた時、すでに麗菜の背がわずかに見えただけだった。もう『テレパシー』で呼びかけても、姉は答えてくれなかった。
「……お姉ちゃん」
「あれ? 鬼崎と沖田は?」
偵察から戻った蓮見が茫然と立ち尽くしていた静香と神楽に目を向け、欠伸をしながら呑気な口調で辺りを見回す。
そのあまりに場違いな調子に神楽はジロッと睨むとふくれっ面で言った。
「もう、なんで肝心な時にいないのよ! バカなんだから!」