第七話……ユキとサヤ
「ねえ」
「なんだ?」
「ここどこ?」
「つい昨日から俺の部屋になった部屋。たった今、今日からお前達の部屋でもある」
「……?」
空は高橋の説明と案内でやっとの思いで自室に帰ってくることができた。
ベッドに腰を下ろし、妙に大人しくなった二人の猫を見た。
ファーストは全身真っ白に琥珀色の瞳。そして、体からすれば長すぎるほどのフワフワのしっぽが特徴的だ。ファーストがその気になれば、前を向いたまま自分のしっぽを眼の前に垂らし、毛づくろいができるだろう。
歩き方などもどことなく品位があるように感じられる。
それに対して妹のセカンドは猫の耳としっぽが生えた人間の女の子と言った感じだ。黒髪なので、耳もしっぽも黒毛である。
セカンドの場合、品位よりも遥かに元気と好奇心が先行している印象だ。
セカンドはもともとここの職員が着古した白衣を着ていたが、今は空の服を着させている。サイズこそ大きいが、白衣よりはマシであった。
「……ふむ」
『……?』
空はしばらく緊張している二人の猫を見ながら考えていたが、意を決したように膝を叩いた。姉妹は共に首を傾げる。
空はセカンドに手を伸ばす。
すると、セカンドはすばやく反応し、身を低く、まるで本物の猫のように構えた。
「何するの!?」
「何もしない」
そう言って、空はセカンドの首からセカンドがしていた首輪を外した。
「あ……」
セカンドは小さく声を漏らすと、空の手によって取られた首輪を不安そうな眼で追いながら、首輪の無くなった自分の首に触れた。
「それ……」
「これはもういらないだろう?」
そう言われ、セカンドは落ち着かない様子で空の顔と自分の首輪の間で視線を行き来させる。
「ダメだよ、それがないと私が誰だかわかんなくなっちゃうもの」
「……?」
「高橋さんが言ってたもの、その首輪は私がセカンドである証拠だって」
「……」
そうか。
空はその時始めて気が付いた。セカンドは「セカンド」という言葉が何を意味しているのかを知らないのだ。
番号で呼ばれているという感覚など彼女にはないのだろう。「セカンド」とは彼女にしてみれば、自分を表す立派な名前なのだ。
「わかった。じゃあ、これは返す。その代わり……」
空はデスクに備え付けられていたペンを取り出すと「Second」のSの部分だけを残し、後半にA、Y、Aと綴り、彼女の首にかけてやった。
「条件がある」
「じょう、け、ん?」
聞きなれない言葉。やりなれないやり取りにセカンドは目を丸くする。
「今日からお前はSAYAだ、サヤ。わかったか?」
「さや? なんで?」
「その方がかわいいだろ?」
例え、彼女自身が問題に思っていなくても、空は彼女をそんな風に呼ぶことはできない。
「かわいい? かわいい!」
かわいいと言われ、サヤは何度も繰り返し言いながら喜んでいる。
どうやらかわいいという意味とそれが褒められているという事はわかっているようだ。
「わかったな?」
「うんうん、わかった!」
空は、はしゃぐサヤの横で自分の番を待つファーストを抱き上げる。
「お姉ちゃんの方も名前がいるよな」
「にゃあ」
ファーストは空の言葉に答えるように声を上げると、目を細め喉を鳴らした。
高橋の話だと、こっちの方が人間的な意識が強いってことらしいからな……。
ファーストは空に答えようと頷いてみせる。彼女は空の言葉を理解しているのだ。しかし、猫の声帯では人間のような発声を行うことはできない。
彼女の方は、おそらく「First」の意味を知っている。どんな意味でどのような理由でつけられているかも理解しているように空には感じられた。
空は一端彼女の首輪を外した。
彼女は首輪にはもう拘らないだろう。
むしろ付けたがらないかもしれないな。
そう想い、首輪をおいて彼女の名前を考えた。
……。
「……よし、YUKIにしよう」
雪のように白い毛並みから、思いついた。
「どうだ?」
「にゃあ」
ユキは気に言ったらしく、うれしそうに、そして誇らしげに胸を張った。