第八六話……暗躍の千堂5
その言葉はいつもの奇妙な関西弁ではなかった。細かなイントネーションも完全に標準語だ。その変化に、大高の色合いも火に水でもかけたかのように急速に変化していく。
「そうだ、お前が研究所の探している能力者だとわかった時、正直チャンスだと思ったよ」
尻もちをつき弱弱しく怯えた子犬のように瞳を震わせる千堂を包み込むように優しく抱きしめた。
「今でもお前を愛している事にはかわりない。お前も私の事を忘れられないだろう?」
大高の顔が妖艶に微笑する、千堂の震えた体を抱きしめ、ゆっくりと彼に唇を重ねた。
千堂も拒むことなく、それを受け入れ、彼女に身を委ねた。
千堂が研究所へとやってくる以前、大高と共に過ごした時間に舞い戻るかのように。
複雑に絡み合う愛憎の鬼火は、色濃く色情を帯びると、彼女は千堂を押し倒し、彼の上着を乱暴に引き裂いた。
露わになる彼の素肌とほどよく引き締まった胸を細い指先でなぞる。それに反応して、千堂は体を震わせた。
大高はまた自分のもとへと戻って来た玩具に満足げに口を歪め、唇をなめた。
「龍歩、すぐに仲間の事など忘れさせてやる」
「……」
「!?」
千堂に身を重ねた大高はハッとして咄嗟に体を離そうとしたが離れなかった。大高に腕を回した千堂はそのままの姿勢で、大高のホルスターから銃を抜いていたのだった。
「!?」
「お前の好きなシュチュエーションやったやろ? 待ってたで、警戒心を解くの」
「貴様! 離せ!」
少しでも離れれば、手負いの千堂が不利になる。そうなれば、もう二度と、彼女は千堂に気を許したりはしない。
千堂は大高を抱きしめたまま、大高の背に回した銃の引き金を引いた。銃弾は大高を貫通し、千堂の体にもその痕跡を残した。
「龍歩……お前……私を……」
「愛してるでぇ、隊長……弥生の次にな」
しかし、最後の言葉はすでにこと切れた彼女には届かなかった。千堂に覆いかぶさる大高から溢れた命が千堂を染めていく。
それを振りほどくほどの気力はもうない。
ちっ、弥生ら追うんは難しいなぁ……。
おそらく追っ手の部隊は近くにいる。
大高は逃がしてもいいと言っていたが、彼女の性格を考えれば、例え、千堂がなびいたとしても約束が果たされる事はなかったはず。
せめて、その事が伝えられたらな……。
崩れた天井から星もない空が見える。
「ちっ、どうせ寝るなら、弥生の膝枕がよかったわ……」
出血と緊張の解放から気が抜けたのか急速に睡魔が襲う。朦朧とした千堂の体から淡い光が漏れ始め暗い廃墟の中で心臓の鼓動のように大きくなったり小さくなったりを繰り返し、やがて、光は驚砂の如く夜の空へと散って行った。