第八五話……暗躍の千堂4
色々な色の入りまじるその影に向かい千堂はつとめて笑顔をつくった。
その声、その独特な色、実物の顔は見えなくともそれが誰なのか察しがついた。
「……!」
千堂がそちらに銃を向けようとした瞬間、影より放たれた銃弾が彼の銃を弾きとばした。
「久しぶりだな、千堂……」
「さすがは大高隊長、久しぶりやないですか」
千堂の言葉に感情の色は複雑に揺らめいた。それはまるで闇夜に突如現れた鬼火のようだ。
鬼火は揺らめきながら、ゆっくりと千堂に近づいてくる。その動きには長谷川達にあった油断や隙はない。千堂は慎重に周囲の気配を探った。
建物の外にいた人間の気配がない。大高が人払いをしたのだろう。千堂の視界にも見えるほどに接近した大高は、切れ長の冷ややかな瞳で高圧的に彼を見た。
「こちらに逃げたメンバーの中にお前がいたとはな、長谷川から聞いた時には驚いたぞ」
その視線が倒れた長谷川に向くことはない。
「その情報を持ち帰った部下への仕打ちがこれかいな?」
「知っているだろう? 私は裏切り者と役立たずに興味はない。どうだ龍歩、また私の所に戻ってくれば命ばかりは助けてやってもいい。上には私が取り合ってやる」
大高は口角だけを上げて形ばかりの笑みをつくり千堂の頬を優しく触れた。
鬼火は緩やかに揺れた。
「嫌やな」
「……!」
瞬間、千堂の頬に大高の平手が飛んだ。
よろめく千堂の胸倉をその細腕からは想像ができないような強い力で引き寄せる。
「もう一度聞く」
「もう充分や」
ズッ。
「ぐあっ!?」
大高は千堂の太腿にコンバットナイフを突き入れた。
「龍歩、また私の物になれ、そうすれば傷の手当もしてやるぞ? それに隊を引いてやってもいい」
「けっ、またあんたの玩具になるんはゴメンやな」
大高は刺したナイフを捻る。堰を切ったように血が溢れた。
「ぐあっ!」
「今のお前に何ができる? 傷を負い、仲間達に追い詰められ。私の嫌いな言葉でしゃべるくらいだろう!?」
全身に汗が滲む。汗と血の匂い。
出血していない口の中まで血の味がするような気がした。
「はあ、はあ……それにあんたはウソついてる。俺の能力、忘れたわけやないやろ? 心の動きは色で見える……あんたの心は……」
言葉の終わらない内に千堂は突き飛ばされ、口にしようとしていた言葉を遮られた。片足の感覚はすでに痛みで重心を支える事を本能的に拒否している。支えとなっていた大高の手がなくなり、千堂はよろめきながら尻もちをついた。
千堂は足の止血点を抑え、出血を軽減させた。しかし、こうして間近で見れば、予想以上に深くえぐられていることがわかる。まるで傷口が心臓にでもなったかのような感じがした。
「……俺を、研究所に売ったんはあんたやないか……あんたはそれで昇進したんや」
千堂は泣き出しそうな震えた声で言った。