第八四話……暗躍の千堂3
「長谷川さん!」
「持ち場を離れるな、千堂に逃げ道をくれてやるな」
隊員の呼びかけに長谷川は思わず声を荒げた。夜が深い。闇が辺りを覆っている。
「たかだか、相手は少年一人です。それにこの暗さなら……」
「お前は千堂を知らないんだったな。あいつにはこんな暗闇は関係ないんだ」
暗視ゴーグルやセンサーも持つ隊員達と長谷川から奪った銃、そしていつの間に抜き取られていたナイフしか持たない千堂に、彼の警戒心は高まったままだった。
年下の千堂とは、行き場のない、喰うに困った子供達を集めた戦闘訓練所で出会い、共に訓練を受け、同じ部隊に配属された。
身体能力、射撃、近接格闘、特殊工作など、何でもソツなくこなした千堂だったが、何かが特出して優秀というわけではなかった。
ただ、今のような人の裏をかくような事、そして、夜間戦闘を想定した暗闇の中での訓練は得意としていた。それがなぜなのか、長谷川には未だ理解できていなかった。
……あいつは能力者だ。人の心を読む。
それは千堂が研究所に行ってから知った。
長谷川達は少数で廃墟に一か所に固まった。散開していては仲間同士で撃ちあう可能性もある。
「出てこい千堂、お前はもうここから逃げる事はできない」
長谷川の声が廃墟の中で反響した。
返事はない。
張りつめた静寂が耳鳴りのように耳を塞ぐ。
千堂はどこかに潜んでいる。外の包囲する目を掻い潜り、ここを突破する事は難しい。
長谷川は視界を巡らし、出入り口が今自分の入って来た場所しかない事を改めて確認した。冷静に考えれば、身を隠す所もそれほど多いわけではない。
「俺達が命令されたのはお前らの捕獲だ。殺しはしない」
その瞬間、暗闇で何かが動いた。
長谷川達の注意がそちらに向いた瞬間、銃声が無音の闇を切り裂いた。
長谷川は反響した発砲音に、どこから撃ったのか一瞬判断が遅れた。その横で隊員の一人が倒れた。
「……!」
「スガ!」
もう一人が思わず声を上げた。
死んではいない。防弾スーツが銃弾を防いでいる。とはいえ、意識が逸れた所に与えられた衝撃は予想以上に体に浸透する。完全に虚を突かれた上に、急所をピンポイントで狙撃され、スガはそのまま気を失った。
「この暗闇で……!?」
「動揺するな!」
長谷川の声もむなしく、二発目の狙撃でその男も撃たれ気を失った。
「ちっ……」
「さすがの練度や、警戒心の穴を見つけるのが大変やったで」
「千堂……!」
いつの間にか、長谷川の後ろに千堂が立っていた。今度突きつけられているのは、偽物ではない。長谷川から奪った本物だ。
「すまんな、暗闇でも俺はお前らの色は見えねん。その意識がどちらを向いているかもな」
「……」
「聞きたい事が山ほどあるけど、俺は行かなあかんのや……」
千堂の言葉を長谷川はそのままの姿勢で聞いた。ここにいる三人をこうまで手玉にとった千堂ならば、外に配置した人間を突破する事も可能だろう。
長谷川の色が変わっていく。
「あいつがこちらに向かっている。到着は間もなくのはずだ……」
「長谷川……」
「うまく……!」
不意に長谷川の体がグラリと崩れ落ちる。
「!?」
親愛の色を纏ったまま、親友は頭部を撃ち抜かれ絶命した。
「敵に情報を漏らす裏切り者には制裁が必要だ、なあ? 千堂?」
「……」