第八一話……繰る者1
「つまり、あのクリエの核となっているDNAは怒りや悲しみなどの強い感情に感応する事が考えられます。精神的、感情的に負荷が掛かった時などに特にその特性を現し、強いては他のDNAにも何等かの変化をもたらすようです」
照明を落とした部屋の中、彼女は十二枚のモニターを前に、資料を映したホログラフィを切り替えながら説明する。
「回収した岡島大地の遺体ですが、同条件化で保管されていたものよりも腐敗の進行速度が遥かに遅い事が確認されています。これは能力活性化に従い、肉体的な方面にも何等かの変化が見られたのではないという事です」
ホログラフィは岡島の写真とデータを映し出し、彼女はモニターの反応がない事を確認して言葉を続けた。
「これは研究者の推論ですが、もしあの能力が100%発揮される事があれば、人間の潜在能力、その使われていない遺伝情報なども覚醒し、精神的もしくは身体的変化を、構造を変えるほどのレベルで誘発。つまりもとあるその姿の痕跡を残さないほどに変化させてしまう可能性を秘めているのではないかと予想される、との事です」
「……よくわかった」
ふいに六番のモニターのランプ点滅し、誰が操作したのか部屋に照明が灯された。
「ご苦労だった。次の任務はおって通達する」
「はっ」
彼女は何も映らないモニターに敬礼すると、証言台にも似たその場所をあとにする。彼女がその席をあとにすると、まるで退出を促すように扉が開き、彼女の退出と同時に扉が閉まり、扉はロックされた。
「恐れていたことが……」
「クリエの力は絶大だ。その姿が証明しているだろう。何を危惧する必要があるのか」
四番、七番とモニターは揺れ、八番がそれにつづく。
「しかし、オリジナルの暴走も侮れない。まだ槍を発見できていない以上、オリジ
ナル達の抹殺を優先するのが得策かもしれない」
「槍か。しかし、あの力を超える。そんな事が起こりうるのか?」
「可能性はゼロではない」
「ならば、どうする?」
十一番の問いかけに全員が沈黙する。
「もうしばらく犬を放しておけば奴らは自滅していくだろう。我々は我々のクリエの真価を見守ればいい。……とはいえ、槍は何としても我々が手にしなければならないが」
六番の言葉にバラバラと無言のままモニター上部のランプが不気味に点灯を繰り返し、唐突に十二枚のモニターが声をそろえた。
「「槍を我らが手に!」」
光は消え、部屋には闇が静かに羽を下した。
「どう、何かわかったかしら?」
「あっ、畑中さん。一応言われた事は全部調べてみたんですけどね。クリエの中に
別の人格、藤本俊明と思われるようなものは発見できませんでしたね」
ナイツ直属の研究員である武田は、隔離された強化ガラスの向こう側で膝を抱えるクリエに目を向けながら言った。
白く強靱な肉体を動かす自我は完全にコントロールされ、白い巨人が感情を持つ事はない。戦闘兵器に感情は必要がないからだ。
「何もないと思いますけどね。異能研の実験体と遭遇したぐらいでどうにかなるよ
うなシロモノでもないですからね」
「そうね……」
畑中は武田の言葉に頷きながら、他の問題のクリエを改めて観察した。あのクリエは宮沼ら三人と交戦し、藤本の『ライド』を受けたあのクリエだった。
自分が感じた違和感はなんだったのか?
畑中は武田の意見をもとに今までとは別の方向に思慮を広げようとしていた。
「問題ないならシモンは次の出撃にも使いたいわ。調整しておいて」
「こいつらはいつでも行けますよ」
シモンとは畑中があのクリエに識別のためにつけた名前である。
武田は顔を畑中の方に向けながらも、手は高速にキーボードを操作している。その技能にはいつも感心させられる。
「それよりも今度一緒に食事でも……」
「ええ、気が向いたらね」
武田からの誘いへのいつもの答え。
もっとも今まで、畑中の気が向いたことはないのだが。
「あ、畑中さん、どちらへ?」
「秘密。何か新たにわかったら連絡をちょうだい」
そう言って畑中は武田に笑顔を向け、研究室をあとにした。その後ろ姿に見とれながら武田はいつものように軽くあしらわれた事に遅れて気がついた。