第八十話……月に吠える獣2
「どうした!? 状況を報告しろ」
「田部井隊長!」
司令塔となる特殊装甲車の中、部隊の指揮をとる田部井は、オペレーターの酒谷に瞳を向ける。突入部隊から送られた映像には、炎に揺れる巨大な影のみ。
「な、なんだ!?」
「わかりません! ものすごい速度で進行中。こちらに近づいてきます!」
「正体は何だ!? 報告させろ!」
「できません! 接触します!」
「……!?」
炎の壁を突き破り、砕いた炎を従えて、姿を現した白き獣に田部井達は言葉を失い、慄然とした。獣はまるでここを目的の場所だとしていたとでも言うように装甲車にその巨爪を振り下ろし喰い込ませた。
砲弾の直撃にも耐える特殊装甲が飴のようにひしゃげ歪む。
「振り落とせ!」
「了解!」
田部井の命令に酒谷はアクセルを踏み込み装甲車を、獣を乗せたまま発進させた。炎と森、茂みを潰し、樹々を砕き、獣を盾にして加速する。しかし、獣は離れない。その月光を吸収したような月色の毛並が、獣の血で穢れることはない。
「化け物め!」
暴走する装甲車はいつの間にか森の深部まで到達すると、中心にそびえ立つ巨大な樹に衝突した。
「ウオォォォォォォン!」
「!?」
田部井達は瞠目した。
美しき白き狂獣の背に巨大な翼が顕現した。それはまるで幻想。幻。立体映像のように虚ろに、しかし光の粒子を凝縮させたように、確かにそこに存在した。
「何? ……これ?」
「……獣の王?」
「オオォォォォ!」
大気を揺るがす王の叫び。獣のから溢れ出た光は瞬く間に膨張し、すべてを飲み込んだ。
上村、溝口、圭祐、茜、森の王、追っ手となった兵士たち、そして美奈の意識と共に、獣は光となって、この森ごと消えてなくなった。
それは、ほんの一夜の出来事だった。