第七九話……月の吠える獣1
「美奈ちゃん!?」
全員の視線が立ち上がった美奈に向けられた。今まで少しも戦闘に加わらなかったのは唯一美奈だけ。それは、美奈の能力自体が戦闘能力を有しなかったためだ。
「美奈ちゃん、無理しないで……」
「うん……でも……もう……」
何?
上村はまた錯覚を見ているのかと思い、目を瞬かせた。圭祐を包んだあの光が、今度は美奈から発せられている。しかもそれは、圭祐よりも濃密で濃厚な光だった。
「もう、許せないの。みんな、こんなに傷ついて……」
美奈ちゃん? 何? やめて……!
「「溝口さん、みんなを連れて逃げて……」」
美奈の声と一緒に何かが声をそろえている。上村はその声に戦慄した。
低く、唸るような、地の底から呻くようなその声に、地響きでも起きたのではなかと思うほどに体が震え出していた。
輝く美奈は王の根から歩み出ると上村達に別れを告げた。
「美奈ちゃん!」
「……!」
美奈の光は強くなり、やがて美奈を完全に飲み込んだ。美奈は光の中で苦しみ悶えた。
彼女の白く細い腕は、脈打つように太く長大に変化し、文字通り丸太のような成長し、人間のそれを遥かに超えた。ゴリラ、巨大な熊、それよりもまだ大きく太い。
変化は腕だけでなく、体にもおよび、彼女の着ていた服は内側から四散する。
露わになった体表は針のような純白の剛毛に覆われ、手足の形状は大型のネコ科動物を彷彿とさせた。
美奈の愛らしい容貌はすでになく、裂口からは白銀に濡れる鋭牙を剥き、左に金色、右に銀輪の瞳は憤怨を宿す。
「美奈ちゃん……!?」
月光を纏う純白の獣が闇夜に吠えた。
その声は森を裂き、雲を割る。
白き獣はその巨躯からは想像できないほどのしなやかさで体を縮め、身を低く、鋼のような爪を地に刺した。その瞬間、獣は月光を振り切り闇に溶けた。
「くっ!?」
上村達は獣の走りだしたその風圧に煽られ、王の体に強かに体を打ち付けた。
まったく不意を突かれた溝口はその衝撃をもろに受け、そのまま意識を失った。
「ウオオオォォォォン!」
「な、なんだ、こいつは!?」
「撃て、奴を止めろ!」
辛うじて意識を保っていた上村の耳に男達の声が届く。まだ体を動かす事はできない。
痛みがある、痺れがある、つまり感覚がある。
大丈夫、まだ動けるはずよ……。
待ってなどいられない。動かせる所だけで動けばいい。上村は、地は這いながら、王の足元から顔を上げ、その光景を目の当たりにした。
怒号と叫喚を獣がその爪と牙で、すべてを斬り裂いている。その姿はまるで風。月色の巨大な疾風に、特殊繊維で作られた戦闘服も、肉も、骨も、銃も鋭利な刃物を向けられた薄紙の如く斬られていく。斬られた男達は、痛みを感じる間もなく、ただ自ら零した命の中へと溺れていく。
「オオオオォォォォン!」
獣の咆哮。その声は重く、悲しい。
獣は走った。
人のいる方へ。敵意を持つ者の方へ。
男達は赤く染まる月光の獣に魅了された。