第七八話……月夜の戦い2
「上村さん……」
溝口は言葉を詰まらせた。
戦闘になってからというもの、彼の能力はほとんど役には立っていない。その事が心に重くのしかかっている。溝口以上に上村は現状に歯痒い思いをしていた。
年少二人がこれほど頑張っているのに、自分は戦力外もいい所だ。
圭祐と茜を盾にして、王の根のもとで身を固めているしかないのだから、これ以上の無力感はない。
「このままじゃ、みんな……」
「美奈ちゃん?」
「みんな死んじゃう……」
いつも笑顔の美奈もさすがに今にも泣き出しそうだ。「大丈夫」となだめながら、溝口が彼女の手を握る。
溝口は森の王に触れ、王の見える情報を伝えた。今、周囲の状況を知る唯一の手段だ。
火の速さ、侵攻する人間、逃げる森の住民達。そのどれもが絶望的だった。
「ここから、西側の方向……どうやら、そこは火が回っていないようです」
「あからさますぎるじゃない」
完全に退路は断たないでおくのは兵法の基本だが、この場合、そちらに伏兵がいると考えるのが自然だろう。
ここで膠着するか、西を目指すか、どちらにしてもすでに八方塞がりである事に違いはない。
キュン。と、唐突に銃弾が王の身をかすめ、上村は慌てて茜を見た。
「はぁはぁ……」
意識はある。しかし、まるで炎天下で激しい運動でもしてきたかのようにその服は汗で濡れ、膝をついて体を立てている事ですらやっとといった有様だった。
完全に体力の限界だった。もう敵の銃弾が彼女の制御を受けることはない。
上村達は強力な盾の一つ失い、同時に戦力の要であった矛も失った。
「茜ちゃん、下がって!」
「だ、ダメ、まだできる……」
「茜ちゃん!」
彼女の体が力なく倒れる。上村は急いで彼女の体を抱きかかえた。
「茜ちゃん!?」
上村は目を疑った。彼女の肩が赤くそまっている。
撃たれた!?
上村は慌てて彼女のその傷口を確認した。
直撃したわじゃない。かすっただけだ。しかし、傷が浅いわけでもない。
茜ちゃん、こんなに軽かった?
消耗しきった少女は上村が知る彼女よりも遥かに軽く、儚い存在になっていた。
汗と土埃で汚れた幼い顔が苦悶に歪む。長い戦闘による緊張と能力の使用過度による極度の疲労が彼女の意識を奪おうとしている。救いなのは、その事が肩に負った傷の痛みを感じにくくさせている事ぐらいだ。
「圭祐君、ダメ!」
倒れた茜に駆け寄ろうと振り向いた彼に、上村は足の痛みも忘れて飛びついた。
「!」
空を裂く銃弾が上村の頭上を通過する。
「お姉ちゃん!」
圭祐は自分の頬を伝う温かな雫にハっとした。彼は自分に覆いかぶさる上村の体の何か所から出血している事に気が付いた。どれも致命傷ではない。銃弾がかすめただけだ。
「お姉ちゃん……」
思わず圭祐は安堵した。
「……ごめんね」
「えっ?」
上村の手がゆっくりと彼の腿に触れる。
「あっ……?」
その時、圭祐は初めて気がついた。
自分が撃たれたのだということを。
上村の傷よりも、遥かに深く、遥かに多くの血が流れている。あまりに夢中で気がつかなかった。
視覚情報から遅れて焼けつくような痛みが圭祐の感覚すべてを支配し始める。
「くっ!」
「お姉ちゃん……?」
圭祐はその声に口から飛び出していきそうな悲鳴を体の中に飲み込んだ。
上村の涙。
彼女は何度も、何度も子供達に謝った。
涙がこぼれ、圭祐を濡らす。
「だ、大丈夫だよ、お姉ちゃん、僕、こんなのなんでもないよ」
圭祐は無理やり笑って強がった。その強がりが、溝口は仲間として誇らしかった。
「もう、ここまでか……」
「ううん、このまま終わったりしない、絶対、みんなを死なせない!」
溝口の呟きに答えるかのように、美奈が立ち上がった。