第七四話……暗躍の千堂1
このまま走れば距離は稼げる。距離的な事を考えれば夜のうちに到着するだろう。
しかし、どんな目的地なのか詳しい情報もないのに、夜ついたからと言っていきなり何かできるとは思えない。できれば、明るい時に到着するのがいい。
もっとも、もうすでに聖達一行が目的を果たしている可能性もある。
ならば、安全策がいい。
問題は、移動距離からしても、こんな時間までかかるはずがなかったという事だ。食料は携帯食を渡されていたが、夜を明かすような準備はなかった。
「でも、不思議ね、こんなに走ったのに、この周辺は人間がいないんだものね」
沖田麗菜は窓の外を見ながらため息でもつくかのように言った。
誰もいない元は街だったこの場所も昼間と夜ではまるで様相が異なる。
夕暮れとともに夜の気配を感じるようになると、何とも言えない不気味さに蓮見は背中がぞわぞわした。
「研究所周辺の一区画だけにわずかに住民がいるだけやからな。この辺は本来立ち入り禁止エリアや、悪戯で忍び込んできている人間はいても、住んでいる人間はいないわな」
千堂は周囲を見回しながら車を隠せる場所を探した。車が入るような所、見渡しがある程度きく場所がいい。
「適当な場所でもいいんじゃないですか? 少し隠れていれば……」
疲れの色が見える沖田静香をミラーで一瞥すると千堂は「まあな」と頷いた。
「追っ手は撒いたし、見つからんとは思うけど。こっちと向かうじゃ、装備が違うからな」
「装備?」
「暗いとこでも見えるゴーグルやらセンサーやら、色々な。あんな部隊でも、一応装備はいいもん揃えていたみたいやから」
「へえ、よく知ってるんだね」
蓮見が感心したように言うと、少し慌てた様子で「まあ、少し前に上村に聞いてな」と付け加えた。
それから千堂は半壊して大きく口を開けたビルの一角に車を入れ、エンジンを切った。
この静寂の世界ではエンジン音は大きすぎる。季節から言えば、虫の音など聞こえてきそうではあったが、不思議と一切聞こえなかった。そのかわり、倒壊した建物の中を不規則に飛び回る風の音が悲鳴のようも歌のようにも聞こえた。
千堂達は一端車から降りて体を伸ばすと、携帯食料で簡単な食事をとってから、各々、寝る場所を決めた。と言っても、女子は車内、男子が外という事だけだが。
「この季節でよかったよ。冬じゃあ、寒くて眠れないもんな」
「ああ、ほんまや」
千堂と蓮見はボヤキながらも自分達が寝るのに適当な場所を見繕うと、車の中で眠る女子たちに目を向けた。
こちらから見ると何やら楽しげに話をしているようにも見える。呑気なもんだ、と半ばあきれ顔の蓮見は車内に置かれていたキャンプ用のライトをつけ、明かりを絞って光を小さく調整した。
車内には女子だけ。神楽、沖田姉妹、鬼崎で四人はいる。広さも寝心地もよくはないだろうが、外で寝るよりはずいぶんマシなはずだった。
「さてと、一応見回りに行ってくるかな」
「見回り? 今から?」
立ち上がる千堂に蓮見は驚いたように顔を上げた。時間的に夜中というわけでもないが、もう明るくもない。
「ああ、周囲がどんななのか。一応、見ておきたいしな」
「それじゃあ、僕も……」
「いや、俺一人で行ってくるわ。四人のお姫さんのところにナイト不在じゃまずいやろ? これが終わったら、藤本が沖田姉に告白するらしいから、何かあったら大変やで」
「本当、それ? 初耳だけど」
「ああ、誠一から聞いたんやけどね」
目を瞬き、驚いている蓮見に、千堂はもっていた車のキーを投げて寄越す。
「なんもないと思うけど、一応な」
「……運転苦手なんだけど」
「苦手という事は経験ありやな、安心した」
千堂はそう言って笑いながら手を振った。
「すぐ戻るわ」
彼はそう言って夜の闇の中に消えていった。
ライトも持たず、暗闇の中を歩く。空には雲が多く、月も星もない。街に灯りもなく、闇は深い。千堂は目が慣れるのを待ってから足音を殺しながら歩き始めた。
隠れ家となった場所から周囲五百メートル。潜伏できそな場所、狙撃できそうな場所。千堂はその可能性のありそうな場所に足を運んだ。
「よう」
「……!?」
千堂は隠れ家からわずかに離れたビルの影で、全身黒の特殊スーツに身を包んだ、黒いフェイスマスクをかぶった男に声をかけた。
「長谷川……だよな?」
「千堂!」
千堂はいつものように人懐っこい笑顔で尋ねると長谷川はマスクをとって顔を見せた。黒髪短髪、ややたれ目のその男は構えていた銃を下すと千堂と固く握手した。