第七二話……生存者
「くっ……」
傷ついた肩がキリキリと痛んだ。
電車に小型戦闘機が衝突し、その衝撃で、車内で強かに肩を打った。
星河一馬は痛む腕を動かし、折れていない事を確認し、抑えていた手を見て出血がない事を確かめた。
打撲か、運がいいんだか、悪いんだか……。
彼はあの衝突の瞬間、先頭車両に向かい一番距離を取っていた。
同じ方向に逃げたはずの藤本、宮沼、岡島、平田、柏原はどうしただろう。
衝突後、気を失っていた事もあり、慌てて電車外に出たが、彼らを見つける事はできなかった。聖と夏美に関しては後部車両に行った事を覚えている。
聖達は『バリア』があるからな、二人は無事なはずだ……。宮沼達はどうしただろう、かなりの衝撃だったし、無事ならいいが……。
脱線した電車から離れた物陰で彼は膝をついた。予想以上にダメージは根深い。
焦りで鈍くなっていた痛みが電車から離れた安堵感に比例して明確になってきていた。
水がほしい……。
喉が渇いていた。
念のためにと、出発前に携帯食料を渡されたが、水はない。空腹感よりも渇きが喉のあたりにへばりついている。
水道はない、よな……。
線路はあるが住民などほとんどいない廃墟の地区だ。蛇口があったとしても、そこから渇きを潤す事ができるとは思いえない。
……。
「……いや、この程度ならまだ大丈夫だ」
一馬はそう自分に言い聞かせた。それは気休めや暗示などではない。彼の経験からそう判断したものだった。
研究所へ入る前、一馬は幾人かの仲間たちとチームを組んで窃盗団をして生活を賄っていた。不安定な食事、寝床を転々としながら、信頼のおける仲間たちと共同生活だった。
そう言えば、こんな廃墟を隠れ家にしていた事があったっけ……。
昔を思い出し、一馬は自嘲気味に笑みを浮べて廃墟のビルを見上げた。思い出の廃墟では、雨風がしのげ、水道が生きていた。
「ちっ……ついてないな……」
また、一人か……。
「……?」
何かが近づいてくる。
機械的な音。エンジン音とタイヤが大地を蹴るような振動が風を紛れて耳に届く。
一馬は壁に背もたれにしながら、隠れようかどうか考えた。
追っ手にしては数が少ない。
耳を澄ましながら、一馬は考えた。
今のままでは逃げることは難しい。戦うのもまた同じ。
どうにかしてやり過ごすか?
振動が近づいてくる。今ならはっきりとわかる。やはり数が少ない、二台だけだ。
「……」
追っ手ならば、水を持っているかもしれない。うまくすれば手に入るかもしれないという幻想が判断を鈍らせる。
戦う事はできない。しかし……。
うまくすれば、水くらい何とかなるだろう。
一馬は地面に引き込まれそうな体を両足と背もたれにしていた壁で支えながら立ち上がる。
どんな奴が来る?
まだ音しか聞こえないその方向に目を向け、意識を切り替えた。忘れていたような野生に返ったような、その感覚が何だか懐かしく一馬はフラッシュバックのように過去の事が脳裏に蘇る。
盗みを働いて糧を得ていたとしても、そこには少年達なりの決まりがあった。「弱い者、貧しい者からは盗みはやらない」というものだ。悪い事をしているという自覚があった分、彼らはそのルールを免罪符のように厳守した。
結果、金を持つ者や力のある者を相手の仕事が多くなり、窃盗団は目をつけられることになった。
窃盗団の中核でもあった一馬はすでに能力者として覚醒していたため、。窃盗団としても大きな戦力の一つだった。権力者達は一馬の存在を研究所へと通報した。それから間もなく、彼のもとに上村がやってきたのだった。