第六九話……接触
「クーリエ・コンタクト?」
「あなたの記憶には入っていないのですか?」
彼はハンドルを握りながら助手席に座る彼女を横眼で一瞥する。
「クリエはあれの総称でしょう?」
「ええ、そうです。あれの名前は、そのクーリエが元になっているというわけです。クーリエ・コンタクト、つまり使者との遭遇と言った所ですか」
「私は知らないわ」
「そうですか、では少し昔話をしましょう」
男は楽しそうに笑みを浮かべながら、何から話始めようか物語を思案し、少し演技がかった口調で語り始めた。
「むかしむかし、世界は色々な問題を抱えながらも、そこそこ繁栄していました。世界人口は現在の三倍、今よりも貧困、格差、各地の紛争問題に人類が脅かされていた時……」
それは過去の物語。
問題を多く抱える世界であったとしても、それはそれで均衡を保ち、混迷の中にあってもその事から目を背ければ、これと言った不安も抱えずに暮らしていく事ができた。
そんな均衡が崩れたのは、ある年の十二月。世界各国に謎の光が襲来した。その数は確認されただけでも十二。隕石、UFO、破棄された人工衛星の落下など、さまざまな憶測が飛び交う中、被害だけが広がって行った。
世界はその被害の大きさに混沌とした時代を迎える事となった。
人々の記憶にはその光が焼き付き、原因不明正体不明のその現象を神の怒りだと信じる者が大半を占めた。
「その話、ライトクリスマスの事でしょう? 世界から夜はなくなった、光に包まれた混沌の世界、って、教科書的な話よね?」
「ええ、そうです」
彼女は端正な顎を上げ、流れる景色を瞳に映しながら「その続きはこうでしょう?」と彼のかわりに話始める。
世界中で被害が起きる中、全くと言っていいほど被害を受けていない国があった。
「それが、ここ日本。光の源である謎の物質を回収した国連は、被害の少なかった日本にその分析を依頼した」
もっともそれは、各国、特に研究を行える先進国の被害が著しかった事、被害直後での暴動や混乱の鎮静化、復興修繕などに追われていたという現実的な問題と、次に何が起こるかわからない謎の物質を自国において置きたくないという思惑があった。
言うなれば、日本は押し付けられたのだ。
この研究のために日本ではあらゆる分野の学者が集められ、その中心的人物ら十五人を筆頭に研究は進められた。
謎の光源物質の研究から半年。研究は一向に進まなかった。そんな時、
「研究機関をおいていた東京が消滅。原因は光源の暴走……」
あまりに突然の出来事に多くの人間が巻き込まれ、集まっていた研究者の中、奇跡的に一名だけ生き残り、のちにその事を報告している。光源の暴走と消滅、メンバーの多くを失い研究チームは事実上消滅した。
「そして、この生き残った研究者一人もその事件の影響か、事件後すぐに亡くなっている」
「ええ、まあ、そんな所ですね。ですが、もう少し詳しい話があるのです」
「詳しい話?」
「そう、実は……」
東京に集められた光源は力を失っているかと思われていた。しかし、突如として力が暴走した。一つの光源は二つに、十二の光源は二十四に別れ、日本各地に飛び立たった。その衝撃により東京は消滅した。
「こうして光は消えたのです。まあ、ライトクリスマスの全貌と言った所ですか」
「……なぜ、生き残った研究者はそれを隠したのかしら?」
彼女の問いに彼は肩を竦め、笑みを浮かべたまま行った。
「それはわかりません。しかし、この事件、彼らはライトクリスマスではなく、クーリエ・コンタクトと呼んでいたのです」