第六八話……森の王5
「こっち、おいで」
溝口と上村が話している所から離れた所で、美奈が空に向かい手を上げ、呼びかけた。するとどこからともなく一羽の小鳥がやってきて、手を上げた彼女の指先にとまる。
「こんにちは、あなたの名前は?」
美奈は小鳥に話しかけると、小鳥は小首を傾げてから心地よくさえずる。
「そう。私は美奈だよ、よろしくね」
花が咲いたような笑顔で話をしている。
相変わらずの『トーク』の光景に、上村は思わず顔をほころばせた。いくら何でも、美奈の能力は兵器としては使えそうもない。
美奈が小鳥と話始めて少し経つと、他の鳥達も彼女のまわりに集まり始めた。
肩や頭、指、足元にとまり、文字通り会話を楽しんでいる。陽光差し込む森の中で、その姿は鳥達と戯れる妖精か女神のようにも見えた。
「上村さん!」
「えっ?」
急に声をかけられ、振り向くと笑顔の茜がリンゴのような赤い美を差し出していた。
「これ……?」
「あのね、この木の実だよ。圭ちゃんに採ってもらったの」
「採って?」
見ると、圭祐が木の下で遥か上にある赤い木の実に手を向けている。
見上げてもわずか米粒にも満たないほどにしか見えない実はポロリと枝から離れ、物理法則を無視した不自然な軌道で彼の手におさまった。
「……」
その光景を見て、上村は渡された木の実を改めて見た。一見すると、リンゴだ。しかし、この木はどうみてもリンゴの木ではない。そもそもリンゴの木はこんなに大きくはならない。
茜は溝口の手にも握らせると、溝口はにっこりと笑う。
「うん、食べても平気なものだよ。ありがとう」
「よかった!」
溝口の言葉に茜はうれしそうに笑う。
リンゴに見えるからと言って食べられるとはかぎらない。こんな場所に生えている見たこともない植物の実だ。それでも、溝口の能力ならば食べても平気かどうかの判断がつく。
思えば出発してからずいぶん時間が経っていた。空腹であったと上村は今さらながら気がついた。彼女は苦笑いしながら、その実を湧き水で洗ってからかじる。
食感はリンゴに近いが、熟した桃のように果汁を含み、強い甘味の中に柑橘類を思わせる酸味が味を調和させている。
「……?」
杏? リンゴ? 桃? ぶどう?
食べてみたが、やはり何の実なのかよくわからない。
「美味しい?」
「うん、美味しいわ。食べた、事はない味ね」
様子をうかがっていた茜はパッと笑うと、今度は美奈の所へ駆けていった。
「やれやれ……ちょ、ちょっと、溝口君、何を摘んでるの?」
「えっ? 上村さんの足、放っておくわけにもいかないでしょう? だから薬草を……」
溝口が実を片手に、何やらしゃがみこんで植物を物色している。
「い、いや、でも……」
溝口の手にはすでに何種類かの謎の葉が見え隠れしている。
「火を使うとまずいでしょうから、生で使えるものを探しているんですよ」
な、生で……!? それを生で私の足に使うわけ?
「あ、あ、別にいいのよ、そんなに気をつかわなくても……」
「大丈夫ですよ、ここら辺の植物はどうやら特別みたいですから。よく効くと思いますよ」
そういう問題じゃないんだけど……。
溝口は謎の草を水で洗うとそれをよく揉んでいる。おそらく湿布のように傷にあてがうのだろう。すでに謎の草からは謎の草汁が出始めている。
「あ、あの、溝口君、そのまだ聞きたい事があるんだけど」
「なんですか?」
「この森の事、この木の事よ。君なら、どうしてここがこんな事になっているのか、能力を使って知ることができるんじゃないかと思ってね」
「……?」
上村の言葉に溝口は少し考えたように森の王の方に顔を向けた。その間も草をこねる手は止まらない。
「そうですね、僕も興味があるし……少し聞いてみてもいいかもしれませんね。……あ、これ、痛む所に張ってくださいね」
そう言って彼は上村にすっかりクタクタになり、湿布となった謎の葉を手渡すと、森の王のそばに歩いていく。
そして、王の幹に触れると気持ちを落ち着け、静かに呼吸を繰り返した。