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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第四章 覚醒
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第六四話……森の王1

「ただいま……」


 帰還した畑中は用意された仮部屋に帰ると、いつもなら言わないような言葉を口にした。部屋では深津が待っているはずだからだ。

 明かりがつけっぱなしになった部屋を歩きながら、彼女は深津の姿を探すが、姿が見えない。彼女は慌てる事もなく、小さな冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、体の内に流し込んだ。

 冷たい感覚が喉から下に落ちていく。


「……」


 乱れたベッドの上に置かれた、開いたままのノートパソコン。電源は付けたままだった。畑中はそのディスプレイに映し出された内容を確認すると、電源を落としてデスクの上においた。

 彼女は一つため息をつくと着ていた服を脱ぎながら、バスルームに向かった。勢いよく出るシャワーを頭から浴びる。

 髪や皮膚にまとわりついた硝煙と生臭さがお湯に溶けて流れていく。体内にこもった濁った空気が蒸気と共に消えていくような気がした。

 頭がクリアになっていく。

 深津、クリエ、岡島大地……。

 頭の中でいくつかの名詞が巡る。

 彼女はバスルームをあとにすると、濡れた体を拭いただけで、何も着ないままベッドに倒れ込む。


「さて、どう動くのか?」


 畑中はそのまま仮眠についた。


  ※


「くそぉ……!」


 上村は悪態をついた。ハンドルを勢いよくきり、タイヤが悲鳴を上げる。


「うわぁ!?」


 狭い後部座席で圭佑、茜、美奈が悲鳴を上げている。どうやら、圭祐が二人の女の子の下敷きになっているようだ。

 研究所の森付近を走っていたいた時それは起こった。守衛団の一部隊に遭遇してしまった。西の森を守る西部守衛団の車両はオフロード用の専用車両だ。上村の車では分が悪い。幸いなのは、発見されてからずいぶんと時間が経っているのに、追っ手が増えていっている気配がない事だ。


「……」


 警告もなくいきなりだもんね。ごまかしようがない……。情報が早そうなのに、追っ手が増えないのは何でなのかしら?


「どうするんですか?」


「何が?」 


 しゃべると舌を噛みそうになる。上村と溝口は早口になりながら言葉を交わす。


「このままでは、追い詰められるんじゃないですか?」


「まあ、そんなとこね」


 上村は苦笑いで答えた。確かに、このままでは追いつかれる。完全に相手の土俵で、こちらが有利なものは見当たらない。


「森に逃げれば?」


 後部座席から美奈が顔を出した。


「確かに森に逃げる手はある。けどこの辺はあいつらの庭よ、森へ入れば、それこそ……」


「じゃあさ、車だけ走らせて、みんなで車を飛び下りるって言うのはどう? 映画とかでよくやるやつ」


 美奈の提案に上村は苦笑いした。

 確かに見た事はあるが、あれを本当にやるというのは難しい。

 しかも、そんな映画じみた事を、私の車でやれと……? あれって乗り捨てられた車はたいがい……


「そんな方法でもやらないとダメかしらね? でも、どんなタイミングで行く? 今は昼間だし、飛び下りたらバレバレだし」


「そうですね。圭祐、森から枝をとる事はできるかい? できれば高い木のものがいいんだけど」


「うん、わかった」


「ちょ、ちょっと、どうやって木なんかとる気なの? っていうか、今必要?」


 溝口が窓を開けると、圭祐はその窓から手を伸ばす。三十秒ほど手を伸ばしていただろうか、どこからか小枝が飛来し、圭祐の手におさまった。


「これでいい? たぶん高い木の枝だと思う」


「ありがとう」


「今の……」


 何気なく枝を受け取る溝口の横で上村は目を丸くした。

 圭祐の能力は物を引き寄せるというものだ。しかし、今のは上村の知っている彼の能力の範疇を遥かに超えている。資料によれば、その距離は数メートルほどしかなかったはずだった。


「うん、今から五百メートルほど先を左に曲がってください。そこの茂みがあるので、少しは余裕をもっておりられそうです」


「どういう事?」


 枝に触れていた溝口が顔を上げる。上村にはわけがわからない。


「枝から森の情報を得ました。そのあとは三百メートル先を右に。正面に茂みがありますので、そこに突っ込んでください。問題なく抜けられるはずですから、そこで車を乗り捨てください。最初は僕達が、あとに上村さんが逃げて、その後合流しましょう」


「う、うん……」


 物から情報を読み取るのが溝口の能力だ。しかし、今からの能力はその物の情報というよりは、その物から見える情報を得ているようにも思える。

 そこまで把握できるとは研究者からの報告書には書かれていなかった。

 一体、どういう事なの? 溝口君も圭祐君にしても、普段はわざと抑えていたのかしら?


「少し隙を作れるといいんだけどね……」


 溝口の言葉に、今度は茜が手を上げる。


「じゃあさ、葉っぱで目隠ししようよ」


「は、葉っぱ?」


「おおぅいいね!」


 戸惑う上村をよそに圭祐が楽しそうに声を上げる。


「なら、それで行こう、急いで!」


「うんっ」


 溝口の指示に二人は声を合わせた。

 一体、何をしようって言うの?


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