第六十話……三人の勇者4
「藤井! 藤井!?」
関口が粘度のある赤い池から一人の女性隊員を抱き起していた。
先ほど、藤本の憑依した男を即断で射殺した女だ。関口は藤井の体を抱き、何度もその名を呼んだ。幾度となく呼べども彼女が応える事はない。
「よくも!」
憎悪に立ち上がる関口に三人は鳥肌がたった。これほどまでに怒りをあらわにしている人間に出会った事がなかったからだ。
彼女はサバイバルナイフを抜き放つと、片手に銃を構えながら白い巨人に斬りかかる。
無理だ!
藤本は思わず叫びそうになった。
届かない。ナイフは巨人の三十センチ手前から前に進まない。
関口はそれでも片手に持っていた銃を構えた。巨人に銃口が密着する。
「これなら!」
引き金を引こうとした瞬間、白い巨大な手が拳銃ごと関口の腕を握りしめた。
「あぁっ!」
拳銃は暴発し、関口の片腕は巻き込まれた。苦痛と悲鳴、彼女の顔が歪み、片腕を掴まれたまま狂ったようにナイフを振り回す。しかし、そのどれもが少しも意味をなさない。
三人はその異様な光景を金縛りにでもあったかのように見続けた。頭が理解しようとする事を拒否している。
どこか別の場所で起きている映画の一シーンのように宮沼には思えた。
「……!」
白い巨人は荒れ狂う関口を一瞬の内に黙らせると、おもちゃに興味をなくした子供のように彼女の体を投げ捨てた。
いくらか生き残っていた関口隊の隊員達はすでに周囲には存在していなかった。絶命した者、そして機を見て逃亡した者もいた。
もはやここには宮沼、大地、藤本と白い巨人しかいない。
白い巨人は完全に車内に姿を現すと、大きく腕を振りかぶる。巨人が暴れるにはこの車内は狭すぎる。振り上げた腕が壁に当たる、と思った時、手は壁を難なく透過していた。
「お、おい!」
唸りを上げて振り下ろされる拳は大地の足元の床をぶち抜いた。ぞわり、と寒気が背中に走る。咄嗟に後ずさったために直撃しなかったが、それは偶然に過ぎない。
武器はない。しかし逃げ場もない。
「もう一度やってみる……!」
「えっ!?」
「あいつに憑依してみる」
「そ、そんな事……能力が打ち消されあうんじゃ?」
「やってみないとわからない。支配できなくても、せめて動きだけでも止まったら、僕の事はおいて逃げて!」
「藤本待て!」
宮沼の声よりも早く、藤本の体から力が抜ける。すでに意識を飛ばされた身体を再び宮沼が抱きとめた。
藤本の体に力が失われたその瞬間から、すぐに白い巨人に反応が現れた。巨人が動きを止めたのだ。
今までの凶悪さが嘘のよう。まるで、どこかの美術館においてある趣味の悪い彫刻のようにピクリとも動かない。
「もしかして、うまく行った?」
大地の言葉に宮沼は目を見張る。
動きは止まっている……。
逃げるべきか、それとも……。
「……!」
迷っていると巨人が再び動き出した。
巨人は狂ったように体をかきむしる。
ペンキを塗ったような真っ白な肌に墨を垂らしたような黒い模様、そこに紅の花が幾重にも咲いた。
さきほどまでの巨人とは明らかに違う。苦しんでいる。二人は直感的に、それが藤本と巨人の戦いなのだと悟った。
今なら逃げる事ができる。
しかし、二人の頭からはそんな選択しはすっかり抜け落ちていた。
「藤本、頑張れ!」
「負けるな!」
夢中で叫ぶ二人の声と巨人の体を爪が走る音。どれほどその体に爪痕を残したか。白い巨人の体の大部分を赤く染めた時、唐突に巨人はまた動きを止めた。
「や、やった!?」
ゆらりと立つ巨人は今までの錯乱が嘘のように静まり返り、ゆっくりと二人に歩み寄った。
「やったのか!?」