第五九話……三人の勇者3
関口の真裏、向う側の車両入口から一本巨大な白い腕が伸びる。
な、なんだ、あれ!?
拳だけで女の頭ほどある。文字通り丸太のようなその腕にそこにいた全員が凍り付いた。
暗闇の揺れる白い影のようなものを見た時、それが何なのか、現実なのかそうでないのか、判断しきれない時のようにただ茫然としてその光景を見ていた。
「何をしている、本山! 逃げろ!」
「うああぁぁっ!」
ハッとして関口が叫んだ。その声に張り付いたような車内の時間が動き出す。
白い腕は関口のそばに立っていた男の頭を鷲掴みにした。
本山の顔が恐怖に歪む。決して小柄ではない彼の体は完全に床から浮き上がる。
「あ、あっ! 助けてください! 関口隊長!」
その悲鳴より前に関口達はすでに動いていた。しかし、彼女達から放たれた銃弾は白い腕には届かない。ばら撒かれた鉛の雨は空中で静止したまま小刻みに振動している。
「伏せろ!」
その異変に関口が叫んだ瞬間、空中に浮いたままの銃弾は弾かれるように四散した。
関口の声に反応できた藤井他数名以外は自ら撃った銃弾の餌食となった。
大地、宮沼、やっと落ち着きを取り戻した藤本はその光景に戦慄した。
あの力、まるで聖の『バリア』か星河の『リフレクション』だ。間違いない……あれが上村の言っていた生物兵器だ。
本山の頭部を掴む白い腕は、人一人の重さなど少しも気にしないかのように腕をムチのように振るい、彼の体を数度、壁やシート、つり革の設置されたパイプなどに鈍い音を立てながら叩き付けた。
気がつけば彼のズボンは独特の匂いを放ちながら濡れていた。
すでに自力で動く事のなくなった男が白い腕から解放された時、男の首から上は、そこだけでは誰なのか判断する事ができない状態となっていた。
白い腕は狭い車両連結部分の出入り口から両腕を出すと壁を掴んで白の黒のツートンカラーの体を軟体動物が狭い入口を出入りする時のように這い出てようとしている。
その中で、体の一部は壁をすり抜けているのが見える。
「構えろ!」
関口は思わず声を上げた。しかし撃つ事はできない。撃てばまた同じ事が起きる。
何なんだ、こいつは!? どうすればいい!?
(今……壁を抜けたよね)
(ああ、『スルー』だな)
(まずいな……あいつの気配を感じないんだ)
宮沼の言葉に二人はハッとして彼の顔を見た。宮沼の能力が効いていないという事は、能力が打消し合わされているという事だ。
つまり、あの白い巨人は宮沼の『フィーリング』も持っている事になる。
打ち消し合うってのはこんな感じなのか。
宮沼と同じカテゴリーに入る能力者は存在しなかった。打ち消される事自体初めての経験だ。まるで感覚器官の一つを奪われたような恐怖心とイラつきに息が詰まりそうになる。
赤く染まる車内はぬるい空気と鉄と硝煙の匂いが入りまじる。
(この状況なら、逃げる事ができるか!?)
隊員の大半が命を落とし、包囲網はすでに穴だらけになっている。外で待機していた隊員たちの一部は白い巨人によりその役目を終え、加勢に飛び込んできた隊員達も半減している。
(だけど……)
宮沼の言葉に藤本が言葉を濁す。
あの、白い巨人が上村の言っていた生物兵器である事は間違いない。となれば、目的は実験体である自分達のはずだった。
逃げれば、関口達など目もくれずに追ってくる可能性は高い。