第五三話……それぞれ3
「ちっ……!」
空は舌打ちした。囮になって飛び出した後、研究所で何かがあったのか、追っ手は予想以上に少なかった。しかし、完全に撒くことができない。
千堂達はどうしたか、空には知る術はない。ただ無事を祈るだけだった。
「ユキ、サヤ大丈夫か?」
「う、うん、平気だよ」
道があまりよくないせいか揺れがひどい。
ユキはうまくバランスを取っているが、サヤは車内で何度も頭をぶつけていた。
あまりにぶつけるので、今は日倉にだっこされている。そこになぜかユキも便乗し、日倉の所に猫たちは固まっていた。
「私達の心配はしてくれないの?」
冴木が不満と冷やかし半々の口調で言った。
「ああ、平気そうに見えるからな」
空は苦笑いで答える。
追っ手から逃げながら走っていたせいか、だいぶ回り道をしてしまっている。
「さて、どうする? この状況」
「そうですねぇ、ではぁ……」
意外にも空の言葉に答えたのは日倉だった。思わず後部座席に座る日倉をミラーで見た。彼女はニコニコといつものように笑っている。
「私をぉ、ここでぇ降ろしてくださいぃ」
「おいおい、何を……」
「なるほど、皐月に何とかしてもらうって手もあるわね」
空の驚きをよそに冴木は彼女の考えに同意する。空には何の事だかさっぱりわからない。
「私がぁ、ここでぇ……」
「皐月がここで降りて、足止めをしてもらうわ。……あとで合流できるの?」
「もうぅ……」
日倉は冴木に言わんとしていたセリフを冴木に言われ頬を膨らませる。
「せっかくぅ、カッコよくぅ言おうとしたのにぃ……」
「わ、悪かったわよ」
冴木はぷりぷり怒る日倉をなだめている。
その光景が、空には何だか不思議に思えた。まるで冴木も日倉も普通の女の子のようだ。
「その角を曲がってぇ、止まってくださいぃ」
「そこ? って、ここ!? もっと早く言えよ!」
しゃべるのが遅い日倉が指定した場所は、今にも通り過ぎようとしている廃墟となった元高校の角だった。空は慌ててハンドルを切り、何とかそこを曲がり、車を止めた。
「ああ、行き過ぎですよぉ」
「言うのが遅いからだろ!」
「じゃあぁ、行ってきますねぇ」
日倉はユキとサヤの頭を撫でてから冴木と空に手を振り、車を降りた。
まだ、追っ手の姿は見えないが、今にも角を曲がってくるに違いない。
「風見君、早くだして」
「おい、いいのかよ。こんな状況で!?」
「いいから!」
冴木に言われ、空は車を走らせた。土煙の上がる中、日倉はいつもと変わらぬ笑顔で空達見送った。
サヤとユキはその姿をじっと見えなくなるまで見つめていた。
どうやら、サヤとユキは日倉ののんびりとした雰囲気に波長が合うらしい。
「冴木……」
「いいのよ、皐月が合流できるって言うんだから。合流はできるはずよ。あの子の能力、知ってるでしょう?」
「予知、だよな……?」
しかし、予知をした所で、この状況がどうにかなるとは思えないのだが……。
空は運転しながらミラーで見えるはずのない日倉の姿を探していた。