第五二話……それぞれ2
「さてと、俺達はどないする?」
「まず、移動するための足が必要だね」
梶の言葉に、フルートのケースを担いだ三村が言った。このまま歩きで行ってはかなり時間がかかってしまう。
かと言って第三者に接触するのはできるだけ避けたい。
「梶さん、バイクには乗れる?」
「バイク? ああ、乗れないことはないけど。そういうお前は?」
突然谷沢に言われ、驚いたように梶は問い返す。いかにもひ弱そうな谷沢の口から出た単語にしては意外すぎるものだった。
「僕は出来る。三村さんは?」
谷沢の両親はバイクショップを経営していた。父親は元オートレーサーで、レース中の事故で足をケガして選手を引退していた。谷沢はそんな父親とは実の親子ではなかったが、父親として尊敬していた。そんな事もあり、谷沢は小さな頃から父親の影響を受けていた。
「僕はないよ……」
「なら、僕の後ろに乗ればいいね。どこかでバイクを調達しましょうか」
「調達か、うまい具合に見つかるといいけどな」
破棄されたものや捨てられたものを以前は時折見つけることができた。とはいえ車体があっても燃料がなければ始まらない。
「ま、一先ずそれで行こうか。できれば、日が昇る前に見つかると理想的なんやけどね」
梶達は自分達の足になるものを探しながら、上村の言っていた第六研究所を目指す事にした。追っ手が放たれたのか、それを梶達が知ることはできない。しかし、ここから先は慎重に行けば発見される可能性が一番低いと言えるだろう。
「まあ、何とかなるか……」
梶の呟きに、三村は明るくなり始めた東の空を見上げるのだった。
そこに間違いなく外の匂いがした。
「……という事だ」
関口は説明を終えると隊員の顔を見回した。
話の内容は、実験体である子供達と上村とが研究所を逃走したという事、そしてその時に研究所を壊滅させた疑いがあるという事。
逃げた……? あの研究所を? いくら彼女の協力があったとしても、これだけの規模の守衛団がいる中、本気で逃げ切れるとでも思っているのか……?
「佐藤!」
「はい」
「何をぼーっとしている。 これから実験体捕獲のための作戦を説明するぞ」
「……」
佐藤は関口の言葉に無言で頷くと視線だけ関口の方に向けた。こうしておけば、少なくとも何かを言われる事はないだろう。
関口の部隊に配属されて数日が経っていたが、彼女の佐藤に対する風当たりは厳しかった。それは、佐藤の方が歳上という事と関口の男性嫌いが主な要因であった。
「情報によれば、実験体は何組かに別れて逃走している模様。我々はその一組を追う……」
関口の説明を聞きながら、佐藤は考えた。
……上村が協力した……。一体脱出して何をする気なんだ? 何か理由があるはずだが。
それに、研究所を壊滅? 子供らの能力を使ってか?
佐藤は以前研究所で子供達を見かけたことがある。二十歳にも満たない能力保有者達。その中にはまだ小学校に上がる前の子供もいた。その子らにいくら超能力的な力があったとしても、それであの研究所を制圧できるとは佐藤には思えなかった。
それに……。
子供とはいえ、人格がある。単なる機械ではないのだ。引き金を引けば弾丸が発射されるというような簡単な話ではない。
「……」
何か引っかかる。
しかし、その違和感を拭い去るほどの情報は今の所得られてはいない。
「……その……駅での……電車………そのため……の、協力を得る……」
「……?」
「どうした、佐藤?」
考えに夢中になり、関口の説明を聞き逃してしまった。
何の協力を得るって言ったんだ?
「いえ、何でもありません」
関口の鋭い視線がさらに険しくなった。
「まあいい。それでは各自準備にかかれ、出発は五分後だ」
「はい!」
関口の言葉に佐藤を含めた隊員たちはそれぞれ出発の準備に取りかかる。
もっと、情報がほしい所だな……。
佐藤はそんな事を思いながら、自分の装備を背負い、銃の弾を確認した。