第五一話……それぞれ1
「ここからは二手に分かれる、できるだけ単独行動するなよ」
空と千堂が出発し、陽動をしている間に他のメンバーは上村達が抜けていったゲートを目指した。上村が寝かせておいた警備員の横を通り、彼らは無事に研究所の敷地外へと出る事に成功していた。
それからしばらく歩き、夜の暗闇がやや薄れは始めた頃、彼らは研究所近くの寂れた駅にたどり着いていた。
「ほな、行こか」
梶、谷沢、三村は歩きで第六研究所を目指す。その分、時間はかかるが臨機応変に対応できるためだ。
「そろそろ電車が来るな……俺達もいかせてもらうぞ」
聖が言った。平田、宮沼、大地、柏原、藤本、星河、そして聖の反対を押し切ってこちらについて来た神谷夏美が頷く。
彼らは電車で距離を稼ぐ。一度乗れば目的地に大きく近づくことができるからだ。
第六研究所は駅から離れた場所に位置するとはいえ、普通に考えればこの交通手段がもっとも早い。しかし、もしも見つかれば動きは読まれやすい。何せ駅ごとに停車するのだから。
「ああ、気をつけてな」
普段強気な梶には珍しく神妙な顔つきで、聖達八人を見送る。
現在電車の運行のほとんどがコンピュータ管理され、時間を問わず無人運行されている。人口激減のため、コンピュータ技術の発展のためなど色々な事が言われているが、おかげで駅員もまだこの時間には来ていない。
聖は辺りを確認して、改札を飛び越えた。
特に監視カメラがあるわけでもない。ここらへんは無人駅に近い寂れた駅ならではと言えるだろう。
「さあ、いくぞ」
「ああ」
聖に平田、柏原とつづく。最後に残された夏美に聖は手をかし、全員が改札を通過した。
「ありがとう、聖」
「……」
夏美の言葉が終わらない内に、聖は背を向け歩き出してしまっていた。
「もうっ……」
聖の背中を追うように彼のそばへと小走りに追いかける。相変わらずの無愛想ぶりだが、夏美は彼が手を貸してくれた事が嬉しかった。
聖が今まで、そんな事をしてくれる事などなかったからだ。
もっとも、それは今が非常事態だから、という事もあるかもしれないが……。
とはいえ、手をつないだ事などいつぶりだろう? 頭の中で思っていたよりもその手は大きく、自分の手は小さかった。
うん?
そんな事を思っていると夏美は急に恥ずかしい気持ちになって一人顔を赤くした。
「来たな」
平田直也が気がついて言った
電車のライトが遠くに見える。
まだ薄暗い明けの空をライトで引き裂きながら、風を押し込むように電車は停車した。電車とは言っているが、実際にはリニアモーターカーである。事件当時、多くの電車や線路が破壊され、その修繕時に将来のためにという事でこちらが採用された。今でも電車だと言っているのは、経費削減のために外身の部分を残っていた電車の物をつかっているからである。
「相変わらずだね、この感じ」
電車を見るなり、大地が言う。
乗客がいない。この時間ならばそれも仕方ないが、ガランとしてどこか物悲しい。無人駅、自動操縦の電車、乗客のいない車内。それは一種異様で不気味な光景にも見えた。
「誰もいない方が好都合だろ」
星河の言葉に「確かに」と大地と藤本は肩をすくめる。
それぞれ乗車すると、八人は走り出す電車の中で過ごした。
久しぶりに見る外の景色を堪能する者、シートで目を閉じて体を休める者。ただ、そこには何とも言えない緊張感が張りつめている。
車内に聞こえる電車が風を切る音が、BGMのように沈黙の間を持たせている。
研究所を出るなんて何年ぶりだろう……。
そんな思いが全員の胸に去来する。「何者かに追われるかもしれない」という事や「謎の生物兵器」の事など、どこかに飛んで行ってしまうほど、外の世界の匂いや風は、高揚や緊張し、喜びや恐怖や過去の記憶が一度に押し寄せてくる。それは、見たこともない生物兵器に対する使命感やわずかな正義感など比べものにならなかった。
「聖……」
シートに並んで座る聖に、夏美は彼にしか聞こえないような声でささやいた。
「これが終わったらさ、二人で帰ろうね。私達の生まれた町に……」
「……」
「……聖?」
「……ああ、そうだな」
頷く聖の顔はいつも無愛想なものだった。しかし、夏美は笑顔になって聖に頷いた。