第五十話……生存者1
「隊長、危険です! 力が!」
「大丈夫。忘れたの? あいつらは私達を襲えないように首輪がされてるのよ」
クリエの体の中に埋め込まれたバイオチップで制御される。とは言え、それは気休めの域を出ていない。
バイオチップとフィールド遮断機の二重での制御だ。どちらも理論上、実験室内での成功しかしていない。実験室と実戦の場は違う。棒立ちと戦闘は違うように。
訓練をされた人間ですら、戦闘中は普通の精神状態とは異なる。この化け物もそうならないとは限らない。
畑中は両手をポケットに突っ込むと、クリエに敵意を向けた。
それを見ていた隊員たちは一瞬にして恐縮した。それが自分たちに向けられたものではない事がわかっていたとしても……。
クリエもそれに敏感に反応する。
「……!?」
「どう? やる?」
歩みを止めない畑中の姿に、クリエの緊張が高まる。巨人は、思わず立ちあがった。
畑中はかまわず足を止めない。
その行動にクリエは唸り声を上げた。
クリエと畑中の距離はわずか数メートル。
五メートル、四メートル、三メートル……。
その瞬間クリエが動いた。クリエは巨大な白い拳を振り上げると、全身を使い勢いよく畑中目がけて振り落とした。
「!?」
次の瞬間、苦悶の悲鳴を上げたのはクリエの方だった。クリエの拳が畑中に触れるほんの一メートル手前で、煙のように消え失せたのだった。右腕を丸々失ったクリエは通路内を転げまわった。
「なるほどね」
畑中はそのままクリエに近づくと、その存在のすべてを煙に変えてしまった。
そこには何も残らない。塵一つ、水一滴も存在しない。
「隊長!」
「さすがは、ナイツね。クリエの証拠を残さないように、完全に消滅させてしまう事もできるというわけ」
「すごい制御装置ですね、このフィールド遮断機というのは。バイオチップの方はあまり効果がなかったようですけど……」
「いえ、そうでもないわ。あいつは能力を使わなかったでしょう? 私達に対して使えなかったのかもしれないわ」
それを確かめるために? 隊員の二人は畑中の言葉に顔を見合わせた。
……わかっていても、それを確かめるためにあんな化け物の前に立つなんて……。
今までの惨状を見たあとでよくできるものだと、感心せざるを得ない。
「さて、気になるのは、この部屋ね」
通路の一番奥にあるわけでもなく、通路はまだ続いている。なぜ、ここであのクリエは待機する必要があったのか。
彼女は部屋のドアに手をかけた。
「うん?」
ロックされている。
畑中は胸ポケットから一枚のカードを取り出すと端末のディスプレイにかざす。すると、簡単にロックは解除された。
「よし……さて、中には何が……」
畑中はドア影に隠れるようにしながら扉を開かせた。何もない。
畑中は慎重に覗き込む。
暗い。部屋の照明をつけようと手を伸ばすとベッドで何かが動いた。
「誰!? 山崎先輩!?」
「……」
「答えて、誰なの!?」
女の声だ。しかもかなり怯えている。声が震え、上ずっている。
「残念だけど、山崎先輩ではないわ」
「じゃ、じゃあ、誰!?」
「私の名は畑中愛、敵ではないわ。あなたを助けに来た人間よ」
畑中は明かりをつける事を断ってから部屋の照明のスイッチを入れた。
照明の明るさに顔をしかめる女にゆっくりと近づくと、その姿を確認した。
泣いていたのだろう目が腫れている。乱れた髪をかまうことなく、その目はどこか虚ろに泳いでいる。
「あなたの名前は?」
「深津……深津香……」
深津はボソボソと呟くように答えた。今にも泣きだしそうな震えた唇から、やっと言葉がこぼれ出る。
「そう、香っていうの。あなた運がいいわ。この研究所で唯一の生存者よ」
「えっ!?」
深津の顔から一瞬にして表情が消える。
「う、うそ……」
「残念だけどウソじゃないわ。さあ、私達と一緒に行きましょう」
「うっ、ああぁぁぁ……」
深津は一気に泣き崩れた。
畑中は深津を慰めるようにその頭を撫でながら、考えた。
単なる居住区の一室ね……なぜ、クリエはこの部屋に入らなかったのかしら?
彼女がここにいたから、あのクリエは部屋の前にいたって事?
「……」
さて、どういう事なのかしらねぇ……。