第四九話……クリエ3
「うーん、そろそろ時間?」
自分の腕時計には目を向けず、誰ともなく畑中が聞いた。
クリエ投下からちょうど三十分。シミュレーションでは三十二分四十秒で制圧が完了することになっていた。
「目標はすでに沈黙しています。クリエはいまだに行動中ですが」
「そう、じゃあ、楽しいピクニックの時間かしら? 調査部隊、準備はできてる? 三分後に行動を開始。各自フィールド遮断機の携帯を忘れないように」
畑中の声は、通信機を通して全隊に通達された。
「回収班は投下カプセルを回収の後、各自輸送機で待機」
輸送機からはその輸送機から畑中の命にしたがい兵士たちが研究所へと向かう。
彼らのベルトには五センチほどの大きさの金属棒が装備されている。畑中の言ったフィールド遮断機だ。まだテスト的段階で正式な名前は付けられていない。
畑中も遮断機を捻ってスイッチを入れるとベルトに取り付けられたホルダーに差し込む。
スイッチのON、OFFでは特に何が変化したのかわからない。ただ、ONにした時には、先端が青白く微弱に発光を繰り返すだけ。
「まだなの?」
「もう少しです……」
畑中は調査部隊の人間が入口を開けるのを待っていた。
この道はクリエも突破したはずだが、それが信じられないほどドアは無傷だった。
外壁はまるで何ともなっていない。外から見れば、この施設が襲撃を受けたという事を信じるものはいないだろう。
「開きました」
「ご苦労さん、では行きましょう。まずはメインルームに向かいましょうか、この隔壁を何とかしないとね」
畑中は通信で支持を出しながら、鼻歌交じりで研究所内に踏み出した。
数枚の隔壁を開けば、研究所側の抵抗がかなりのものであった事がうかがえる。
「ずいぶん頑張ってくれたみたいね」
金属製の通路はムチャクチャに破壊されていた。その痕跡から使用された武器も想像がつく。銃弾、爆発物、火炎放射器、それに凍結したあともある。
「こっちの跡はレーザーかしら?」
「そうですね。おそらく携帯型の最新式でしょうね。こっちはエアスマッシャーのようですね」
「エアスマッシャーねぇ、このいう場所では特に有効って聞いた事あるけど、それも効果なしか」
畑中は捲れ上がった特殊合金を指でなぞる。
圧縮された空気を発射するエアスマッシャーは直撃時の破壊力も高く、その衝撃は捲れた壁や床を見ても明らかだ。
「お?」
人気のない通路に目を向けていると、通路を塞いでいた隔壁が収納されていく。
どうやら屋上から侵入した別部隊が、メインルームに到達したようだ。
壁の向こうには、ここよりもさらに激戦のあとが姿を現した。
赤い通路と肉塊。そして巨大な足あと。
何よりも不思議に思えたのが、その倒れた位置関係や倒れ方だった。同じ侵入者を狙ったというよりは、まるで味方同士で撃ちあったかのようにも見える。
「こんな事が可能なんですかね?」
「可能だから起きているんでしょう?」
隊員に問いに答えながら、畑中は赤い海を平然と渡っていく。
「しかし、肝心のクリエはどこに行ってしまったんでしょうか?」
「目的設定はこの研究所の人間の殲滅。そのあとの事は知らないわ」
もしいるとすれば、残りの研究所の人間を探して徘徊しているか。もしくは、人間が集まる避難シェルターの方か。
「それじゃあ、ここで分かれましょう。それぞれデータをとって、異常があったら連絡をちょうだい」
畑中の声に隊員たちは声を揃えた。
彼女はまるで本当の散歩のように研究所の中で歩いていく。
ふーん、なるほど……これは自分で撃ったみたいね。どうやら心を壊されたって事かしらね? こっちは差し詰め銃弾を跳ね返されたって所かしら?
「一応データ通りか……」
眉唾モノだと思っていたのに、本当にこんな事を起こせるなんてね……。
ここから先は居住区かしら?
「隊長、まだそちらは」
「ちゃんと働いてくれているのか、確かめにいくわよ。生存者の有無を報告して」
「は、はい」
畑中についてきた二人は先行する畑中に言われ、居住区の扉を一つ一つ開けて回る。
しかし、研究者居住区はまるで人の気配がない。戦闘の痕跡もない。どうやらここの利用者の避難はスムーズに行われたらしい。
それは同時に、研究所の司令室がある程度きちんと機能していた事を予想させた。
「隊長!」
「何? なにかあった?」
「あ、あれは……!?」
「あれ?」
隊員は畑中が立つ、通路の先の闇の中で蠢く巨大な白い影を指さした。目を凝らせば、黒白の巨人はとある部屋の前で膝を抱え座っていた。
「あ、あれ、あれ、クリエですよね!?」
「そうみたいね……」
畑中は訝しげながら座るクリエに近づいていく。
なんで、こんな所に座っているのかしら?