第三話……山崎と上村1
「どこまで行くんだ?」
案内役の男に尋ねる。しかし、答えは返ってこない。さっきからずっと空の言葉の一方通行だ。
朝から叩き起こされ、長いエレベーターと通路の連続。三十分近くは歩きっぱなしだ。
そろそろ歩くことにも飽きてくる。
どんなだけ広いんだよ。
「って!?」
前を行く男がいきなり足を止めたので、空は男の背中にぶつかって足をとめた。
「ここだ」
「ここ?」
男は通路の行き止まりで立ち止まっていた。
巨大な金属製の扉。そのままシェルターにでもなるのではないかと思うような重厚な造りだ。
「№25、連れてきました」
「入ってもらって」
男の声に女性の声が返ってくる。しかし、どこにスピーカーがあるのか検討がつかない。
女性の声に応じるように重厚なドアは左右にスライドして開放された。
中にはさらに通路。まもなく非常出口のようなドアが一つだけあった。
「あなたはもう下がって。風見君は奥に」
「はい」
男は恐縮すると頭を下げてから足早にその場をあとにした。
空は言われた通り、通路を進み、そのドアを開けた。
「あらあら、女性の部屋に入る時は、ノックを先にするものでしょう?」
「……」
部屋の中には人間は二人。一人は見覚えがあった。
身長は160センチ程度の二十代後半。何か訓練でもしているのだろうか、引き締まったバランスの取れたスタイルに、癖のないストレートの髪を背中辺りまで伸ばしている。
空をここに連れてきた人物、上村だ。
もう一人は、フチなしのメガネをかけた切れ長の瞳が印象的な女性だ。見た目からすれば、まだ若い。白衣を着ている事から彼女が山崎博士なのかもと空は思った。
なるほどな……。
千堂が言いながら両手で作った曲線を思い出していた。
あながちオーバーな話でもなかった。
「まあ、とにかく久しぶり。こっちは、山崎優子博士。これからあなたには覚醒検査を受けてもらうけどいいわね?」
上村は明るい調子で笑いながら言った。
その笑顔は自信の表れでもある。ここでどんなことが起きても「一人くらいならどうにでもなる」そんな自信から来る笑顔のように空には思えた。
「……断れないんだろ?」
「ええ、そうね。今日一日はたっぷりかかるわね。今のうちにトイレは済ませておいてね」
そう言ってウインクする上村の隣で、山崎がカルテのようなものを書き込みながら、メガネの奥から空を覗き込む。
「……さっさっと始めてくれよ」
「そうね」
山崎はメガネの位置を直しながら、小さな声で頷いくと、少し間をおいてからゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、まずは……」