第四六話……暗躍
午後十時二十伍分。
「始まったか」
月すら顔を見せない暗闇の空の下、男は薄ら笑いを浮かべながらボソリと呟いた。
研究所屋上ヘリポート。一台のヘリがいつでも飛び立てる大勢で最後の客を待っている。
「ああ、そのようだな」
もうすぐこの研究所を舞台とした実戦テストが行われる。開始時間は十時三十分。五分後に迫っている。
男はヘリに乗り込み、備え付けられた通信機を手に取った。
「守衛団、各部隊に通達する。実験体が脱走した。回収を急げ、絶対に殺すな、生きたままの捕獲を急げ。実験体は東区第六研究所を目指した模様」
松原の指令が駐留を命じられた本部及び各隊に通信された。
「OK、松原所長」
通信機を置いた所で、松原のこめかみに拳銃が突きつけられる。
「……これはどういうつもりだね?」
あとを追うようにヘリに乗り込もうとしていた井原は動きとめ、眉をひそめる。
「あなた達の役目はここで終わり。そういう事ですよ」
「なるほど、これは君にとって予定の一つだという所だな」
「しかし、予定には変更がつき物だ」
銃口を向けられる松原に井原が続けた。彼は機敏な動きで制服裏のホルスターから銃を抜き構えた。
「すばらしい動きだ。立ち位置を間違えていたら、やられていたかもしれませんね」
井原の淀みのない、流れるような動きを称賛する。しかし松原の影になるように位置するその人影を撃つ事はできない。
「松原を撃てば、お前も死ぬぞ」
その声に迷いはない。撃てば、間違いなく井原は引き金を引くだろう。
「でもね、この予定には変更はないんですよ」
笑みを浮かべる影は何やら意味不明の言葉を口にした。
「……」
「……」
突然、二人の瞳から生気が消える。
「銃口を自分の頭に……」
言われるままに、井原は今まで影に向けていた銃口を操り人形のようなぎこちない動きで、自分のこめかみに向ける。
「撃て」
井原は躊躇なく引き金を引いた。彼の頭部は勢いよくはじき出されるとヘリの視界から消え去った。
「さあ、今度はあなただ」
「……」
「さあ」
松原に発せられたその言葉に、松原はゆっくり首を縦に振る。松原は影から銃を受け取ると自分に向けて引き金を引く。
銃声と共に、松原の体はヘリの外へとズリ落ちた。
「本当に気がついていなかったの? 今まで、自分達が作られた存在だったという事に」
ヘリは研究所を飛び立った。
「これより、最終実験を開始する」