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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第二章 暗躍
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第四五話……龍歩と弥生1

「はぁはぁ……」


 壁にもたれながら、鬼崎弥生は苦悶の表情で自分の肩を抱いた。

 普段は実験の時以外外に出ることのない彼女も今回ばかりは外に出なければならない。

 集団から距離をとっているとはいえ、この範囲ではあまり意味がない。

 これだけの人間の集まった場所に出るのは久しぶりだった。ここにいる人間の感情や声が頭の中に流れ込んでくる。彼女はその声の中に自分自身が埋もれてしまわないように、心の中で自分の名前を呼び続けなければならなかった。


「大丈夫か、弥生?」


「……」


 千堂の問いかけに顔を上げる鬼崎だが、顔を上げるだけで何も答える事ができない。


「こっち側にいてもダメなんか……」


 千堂はそう言って辺りを見回す。メンバーは車の向こう側に集まっている。メンバーと鬼崎の間には車を二台はさんでいた。

 彼女の能力の範囲は、彼女自身の視界の範囲という事になっている。車を挟んでいれば、少なくともここにいる人間の顔は見えない。

 千堂は舌打ちをした。

 もっともそれは、研究者達が結論づけたものに過ぎない。しかし、自分の能力の存在に悩んでいた彼女は、その「視界の範囲のみ」という言葉をお守りのように受け入れたのだった。

 ……視界が範囲ってのは、一種の暗示やろうからな……。

 そう思うことで無意識レベルで制御している部分がある。その事は鬼崎自身薄々は気が付いていたし、同じ能力者で千堂も何となく察しがついていた。 


「もう少し離れるか?」


「……」


 千堂は彼女の体を支えながら、彼女の姿が隠れる物陰へと連れていった。少なくともさっきよりも見えない。それでも、弥生の状態があまり変わらないように見えない。


「……弥生」


「……!?」


 二人になると千堂はいきなり鬼崎の体を抱きしめた。


「千……堂……?」


「安心しろ、何もせんから。……俺の方に意識を向けるんだ。読まないようにしているよりも、全力で俺の心を読めば、他の奴の事なんて入ってこないだろ?」


 鬼崎と千堂の能力はお互いに拮抗しあう。理屈から言えば、彼女は千堂の心を読む事はできない。しかし、読もうとする事はできる。


「千堂、しゃべり方が……」


「……そ、それは、今はいいだろ」


「……うん」


 鬼崎は頷くと、彼の腕の中に顔を埋めた。意識を集中するように瞳を閉じる。

 彼女の力が高まっていくのが、同じ力を持つ千堂にも伝わってくる。

 おいおい、これ大丈夫なのか? 能力は拮抗しているんだよな?

 ビリビリとした何とも言えない圧迫感のようなものが千堂の体を包んでくる。鬼崎を抱きしめているはずが、逆に彼女に抱きしめられているかのような錯覚を受けた。


「千堂……緊張しているの?」


「……!?」


 まさか……読まれて……?


「すごくドキドキしているのね」


「……ほっとけ」


 千堂の言葉に鬼崎は不思議そうな顔を向ける。

 どうやら、能力は拮抗したままのようだ。と、千堂は胸を撫でおろす。

 見れば、鬼崎の顔色も呼吸もだいぶ落ち着いてきている。


「うん、少し落ちついたようやな。ここで少し休んでおくといい。出発になったら、神楽にでも迎えにこさせるから」


「……?」


「どうした?」


「どうして神楽に迎えにこさせるの? 私達同じ車で出るんでしょう?」


「……」


 千堂は何か言おうとしたが、少し考えながら頭を掻いた。


「まあ、こういう時は年上の言う事を聞いとくもんやで」


「……そう?」


 鬼崎が不満げに睨む。

 千堂はごまかすように時計を見ると、鬼崎の頭をポンッと手を置いてから立ち上がり、空達の方へと足を向けた。

 千堂は神楽に耳打ちすると、空に手を振って合図する。空と千堂の出発予定時間が近い。

 空は冴木、日倉、サヤ、ユキと共に行くことになっている。千堂は鬼崎、神楽、沖田、蓮見と同じ車で行く事になっている。

 千堂のグループには、鬼崎と能力が拮抗する神楽や沖田がメンバーに入っている。


「千堂、俺が先に出る」


 空は言った。メンバーの中で唯一能力を持たない空とサヤ、ユキの乗るこのグループが囮としては最適である事は空にもわかっていた。目的地に到着するのは能力者でなければならないのだから。


「いいんか?」


「ああ、少しでもこちらに目が引ければいいんだけどな」


 空は千堂の搭乗者を見て言った。ほとんど女子メンバーで男は蓮見と千堂だけ。それに人数も多い。


「しかし、お前、運転できたんだな」


「ああ、まあ、ここに来る前に色々な」


「なるほど、その話は聞いてなかった。あとでじっくり聞かせてもらおうか」


 千堂が笑みに「ああ」と空は頷いたあとで、小声で「お前と鬼崎の話と引き換えならいいぞ」と言った。千堂は思わず吹き出した。


「見てたんか?」


「ああ、何故だかサヤが気がついたみたいで教えてくれたよ」


「あの、猫娘ぇ」


 千堂はサヤの姿を見回したが、すでに車の中でユキと眠りこけていた。


「ま、終わったらゆっくり聞かせてもらうよ」


「全く。空、お前。嫌な色出てるで」


 ため息をつく千堂に空は笑った。


「風見君、そろそろ行きましょうか」


「ああ、わかった」


 神妙な面持ちの冴木に声をかけられ、空は踵を返すと、千堂に手を振った。


「先に行く」


「ああ、またな」


 空はそこにいた全員に見送られ、運転席に乗り込んだ。助手席には冴木、後部座席に日倉とサヤとユキ。


「行きましょうぉ、空さん」


 日倉が相変わらずの調子が今は心強かった。それを合図に空は車を発進させた。

 一路東ゲートへ。


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