第四三話……思惑2
「どうやら動き出したようだな」
「はい、上村さんに情報を流しましたので」
所長室。充分な広さがあるが、飾り気もなく、重厚なデスクが置かれているだけだった。
所長松原は、デスクに両肘をつきながら、鋭い瞳を田谷に向ける。
少し枯れた声と痩せたその肉体からは不釣り合いなほど、強い意志を持つ瞳を向けられながら、淡々とした口調で話始めた。
「彼らは明日、脱走する計画のようですよ」
「そうか。実戦テストは、我々にしてみてもアクシデントだった。礼を言おう」
「いえいえ、持ちかけたのはこちらの方ですから、協力させて頂くのは当たり前です」
「しかし、いいのか? 田谷、お前の行為は推進派に対しての裏切り行為だぞ」
ずっと黙っていた井原副所長が松原の横で口を開く。
「ええ、ご安心を。私は推進派ではありませんから」
にっこりと笑う田谷に井原は表情を変えず「そうだったな」と静かに言った。
松原とほぼ同じ歳にも見える井原であるが、松原よりも背が高く、言葉数は少ない。しっかりと整えられた白く染まった髪としわ一つない研究所の制服が、彼の几帳面さを表しているようだった。
「しかし、よく降りますね」
不意に田谷が言う。
巨大な窓。窓の外は雨が降っている。雨音は聞こえない。
完全な防弾ガラスで作られた分厚い窓は、雨音も完全に遮断している。窓に叩き付けられる雨粒が雨粒によって痕跡を消し潰され、幾重にも流れていく。
「ああ、また雨だ。昨日から続いているな。夜には上がるらしいが」
松原も窓の外に目を向ける。
雨雲も厚く。本当に夜には上がるのか信じられない。
「所長はいつここを?」
「適当にな」
松原が答える前に井原が答えた。
「そうですか、私は今日にもここを出ていこうかと思います」
「そうか、ナイツにはよろしく伝えてくれ」
「わかりました」
田谷は会釈程度に頭を下げるとアタッシュケースを片手に所長室をあとにした。
「松原……」
「心配はない。我々の計画は順調に進んでいる。これから先はナイツも干渉することはできなくなるだろう」
「そうか、ついに来たのだな」
「そうだ」
松原は重々しくその体を持ち上げると、また外の景色に目を向けた。
外に雨。空に雲。暗い街。
「……明日は、晴れるといいな」
松原はボソリと呟いた。