第四十話……聖と夏美1
「ちょっと、それどういう事!?」
「お前には関係ないだろ」
話し合いが終わり、それぞれは部屋に
戻り自分なりの準備を始めていた。そんな中、ホールを出たすぐの所で夏美が聖を呼び止めた。
「関係なくない! ここに残るってどういう事? どういうつもり?」
「答える必要はない」
歩き出そうとする彼の腕を夏美はしっかりと掴み引き留める。体格のいい聖がその気になれば、夏美などすぐに振り切られてしまう。それでもかわまず夏美は彼の腕に抱き付くようにして足を止めさせると、強引に彼を壁に押しつけた。
「おい」
夏美は聖の瞳をまっすぐ見つめながら、押し殺した声で「ここに残るって事は、上村さんの言っていた生物兵器に殺されるかもしれないんだよ!」と、聖の胸を握りしめた。
「そうだな」
「そうだなって……」
聖の気のない言葉に夏美の瞳に涙がにじむ。
どうして、そんな事言うの? いつもはこんな暇なところよりも外に出ていきたいみたいに言っていたのに……。
「聖……その生物兵器と戦いたいの?」
「……」
聖は無言で返答する。
クリエがどんなものなのかわからない。しかし、上村の話によればその能力値は実験体のデータを凌駕しているのだという。
彼がその事に興味を示したのではないかという事を、彼女はすぐに思い当った。
勝てるか勝てないのか五分五分の戦い。いやむしろ死と対峙するような、そんな場面に聖は胸を高鳴らせたのかもしれない。
「そう、なのね……?」
「お前が戦うわけじゃない」
「そういう事を言ってるんじゃない! そういう問題じゃない……」
「……」
聖の胸を握り、どこにも逃げないようにしていても、まるで彼をとどめておける気がしない。夏美は、うつむき、唇を噛んだ。
「どうして、そんな危ない事ばっかりに、首を突っ込みたがるの?」
「……」
「黙っていないで、何とか言ったらどうなの!? お姉ちゃんにも言えないの!?」
夏美は咄嗟に強い口調で言い放った。
聖と夏美との関係性。
夏美は聖にとって特別な存在だ。幼馴染であり、昔からよく知る年上のお姉さん。しかし、本当はそれよりも……。
「いい加減にしろ。本当の姉弟でもないのに、保護者面される覚えはない」
保護者……。
私、違う、保護者だなんて、本当は、お姉ちゃんだなんて言いたくなかった……。本当は、本当は……。
しかし、それが二人の関係性をもっとも深く表す言葉であった事には間違いない。
一番強くて、権力のある、効果的な、嫌な言葉。
「……うん」
「早く部屋に戻って準備をした方がいいぞ」
掴んでいた力の抜けた夏美を押しのけ、聖は歩き出してしまう。
ダメ、聖が行っちゃう……。
「待って、聖!」
けれど、聖は足を止めない。振り返ることもない。
夏美はあきらめない。
それがどんな言葉であっても、肯定的でも否定でも拒絶でも、なんでもいいから応えてほしい。どんな小さな呟きもでもいいからその声を聞きたい。
私は聞き逃さないから。
「聖っ!」
夏美は聖の後を小走りに追っていくと、ドアに手をかけた彼の手を掴んだ。
「……」
「聖、私もここに残る」
「……!?」
彼は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの顔に戻り、夏美の顔を見た。
「文句ある?」
「……」
「……」
聖の見下ろす瞳に夏美の見上げる瞳がぶつかりあう。
「……はあ、わかったよ」
聖は掴まれた手から逃れるように軽く振りほどくと、呆れたようすで、片手で額を抱えてため息をついた。
不満だが今回は折れてやる、と夏美にわかるように。
「ここを出ればいいんだろ」
聖はそれだけ言うと自室に入り鍵を閉めた。
「……うん」
……応えてくれた。
夏美は小さく頷くと、しばらく彼の部屋のドアにもたれかかっていた。