第三六話……高橋と上村2
「どういうことかしら?」
「なんですか、いきなり?」
上村が高橋の胸倉をつかみあげた。
高橋は情けない声を出しながら、笑顔を引きつらせる。高橋は泣きそうになりながら、声を震えさせている。
「これは、どういうことなのかしら?」
「そ、それは極秘事項で……」
「クリエの開発及びオリジナル抹殺……面白い計画書ね?」
「……ええ」
上村の手に握られた書類を一瞥してから、また彼女を見た。高橋は一瞬、大声で助けを呼ぼうかどうか考えた。この区画は普段、人通りが少ない。それでもたまたま通りかかった人間に駆けつけてもらえれば、状況は好転するかもしれない。
その考えも上村のジャケットの裏に見える消音機付きのピストルが行動力を削いでいく。
「クリエ? これは何のこと?」
「知りません」
こうなれば、これで通すしかない。
メールや回線を使っては、どこかで足がつくと考え、アナログな方式をとっていた。それが盲点となっていたのか、意外なほどにうまくいっていた。今までは……。
「あのコンテナの中身?」
「……」
高橋は何も答えない。
「あなた達は何を研究しているの? ファーストやセカンドだってそうだし、それになぜ同じ人間から何度もDNAを採取する必要があるの?」
上村の問いに高橋は顔をそむけるだけで何も語ろうとはしない。
研究者達は、子供達の食器や唾液、毛髪など実験素材として三日に一度は新たなものを求めていた。
「一体、何をしているのかしら?」
高橋はファーストとセカンドの研究を行っていた。彼女らがどこから来たのか、上村は書類上だけでしか知らない。ある日突然やってきたのだ。やってきて、そして高橋の管理下になった。形式上、上村を通したとはいえ、それは初めから決まっていたかのようだった。
ファーストとセカンドだけではない。
実験体と関わりを持つ自分の立場も、実際には上辺だけのものすぎない。
もし、何かあった時の、責任の所在のためだけに用意されていたことはわかっていた。
「説明が必要ですか? 先輩……」
「!?」
男の声に反応して振り向く。そこにはドアにもたれかかる田谷が遅いノックをした。一瞬高橋の顔に現われた希望は、暗雲に曇る。
「あなたは……」
「ああ、いいですよ。高橋さん、お話したくないんでしょう? かわりに僕が話しますよ」
「……!」
「田谷?」
「何、簡単な事ですよ。つまりね、彼らの能力は一般的に言われている超能力というような類のものではない」
「彼らの遺伝子に起因している、ってことでしょう?」
田谷の言葉に上村が続く。そのために、研究者はDNAを採取し、研究対象としているのだ。そして、そこから多くの人間に能力を覚醒させ、人間の進化をはかるというのがこの研究所の目的のはずだ。
「特定のDNAを抽出し、それを他の生物と掛け合わせてやれば、その生物にもなんらかも力を持つことになる。それが、高橋さんの研究の本筋でしてね」
「……」
「その目的は?」
「もしも、あの力をフルに使える、そんな化け物がいて、そいつを自由にコントロールできるとしたら……先輩だったら、どんな使い方をしますか?」
「!? やめろ! お前!」
取り乱す高橋の口を手で塞ぎ、上村は鋭く田谷に目を向ける。田谷は緩んでいたネクタイを締めなおすと、彼女に近づくと、ニッコリと笑った。
「面白そうな話ね。その話、詳しく、聞くことはできるのかしら?」
「ええ、もちろん」
そういうと彼は、胸ポケットから何か取り出すと、高橋の顔に吹きかける。間もなく高橋の体はぐったりとして、その場に倒れる。
「眠った? 用意がいいわね」
「ええ、時間があまり残されていないので」