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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第一章 集められた子供
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第三四話……三村剛

 どこからか音が聞こえる。

 サヤは耳をピクンッと跳ね上げると、次は顔を上げて目を覚ます。


「また聞こえる」


 眠そうに目をこすりながら、猫のように伸びをした。サヤは空の姿を見つけると、そばに行ってその膝の上に頭を乗せる。


「また?」


「うん、一ヶ月に一回くらい聞こえるの」


 空の問いに答えながら、しきりに自分の頭を空の手の下に滑り込ませようと努力している。空に頭を撫でてほしいのだ。


「それはそうや。一月に一度吹いているからな」


「知ってるのか?」


「もちろん、俺らの仲間や。三村剛って言うな。毎月十二日になると、こんな感じで演奏してるんや」


「そうなのか」


 その音は不思議な音だった。どこから聞こえてくるのかはわからないのに、しっかりと耳に届いてくる。ドアも窓も閉まっているし、この部屋の防音は極端に低いわけでもない。むしろ、相当に近くで演奏されないかぎり、一人で演奏する楽器の音など容易に遮断してしまうようにも思えた。


「あいつの能力は『ボイス』は離れた所にいる相手に自分の声を届けるって能力。それをフルートの音に乗せているんやと」


 千堂には珍しく僅かに苛ついているのか、それを隠すような口ぶりだ。空はその事に気がついたが、それ聞いていいのかどうかわからず、ただ「ふぅん」と頷いた。


「この音、フルートって言うの?」


 サヤは空に頭を撫でられながら顔をあげ、目を輝かせている。

 サヤの話によれば、高橋はクラシックが好きだったらしい。そのため、あの部屋でもクラシックをかけていることが多かったのだという。


「そうだな。こうやって横にして吹く笛だね」


 空はそう言って、いつかどこかで見たことのあるフルート奏者を思い描きながら真似をしてみせる。

 すると、サヤは瞳をキラキラさせながら、空の瞳を覗き込む。


「私ね、この曲知ってるよ、レクイエムって言うんでしょう? あのね、いつも同じ曲なんだよ」


「そうなのか」


 空はクラシックには明るくない。この曲が本当にレクイエムなのかどうかはわからない。ただ、その物悲しく寂しげな曲調であることは空でもわかる。


「しかし、なんでこの曲?」


「お前、自分の両親は生きてるか?」


「うん? ああ、実家には母親がいる」


 いきなり何を言い出すのか、と少し面を食らったが千堂の言葉に素直に答える。


「そうか、俺の母親は俺を生んで少しして死んだんや。父親の顔は見たこともない」


「……」


 千堂の「父親」という言葉で、空は自分もそうだと付け加えた。

 空の妹は母親が再婚した相手との間にできた子だった。空の父親の話を母親は語ろうとしなかったし、彼自身聞くこともなかった。

 母親と結婚した男も、妹が生まれてからすぐに事故で亡くなっている。この事は妹にも話してはいない。そのため妹は兄と血の繋がった兄弟であると信じていた。


「ここにいる奴らはほとんどがそうなんや。母親が死んで、引き取られるか、孤児で能力が覚醒して、その力でスリや万引きなんかをして生計を立てていた所を保護されるか」


「能力で?」


「まあな、人間追い詰められると、いろいろと思いつくらしい。まあ、俺はやらんかったけどな」


 千堂は、言葉とは裏腹にどこか自嘲的に肩をすくめる。


「まあ、そんなわけや」


「……?」


「今日は三村の母親の月命日なんや。それで、形見の笛を吹いているってわけさ」


 死んだ母親に届くように、そう思いながら能力に乗せているのだと、千堂は説明し、それから目を閉じると三村の演奏に耳を傾けた。

 曲は中盤。音色はさらに耳よりも頭の中に響いてくるような錯覚を受ける。

 穏やかな中に、不安や焦燥、悲しみを思い起こさせる。

 ベッドで寝ていたユキは急にしっぽを立てて起き上がると、空の膝で甘えていたサヤから空を奪うように割って入る。サヤは文句も言わずに姉にゆずると姉と空にぴったりとくっつくように抱きついた。


「みんな……」


「……?」


 瞳を閉じたままの千堂がポツリと呟く。


「みんなそれぞれ事情があるんだ。それなのに、一人でこんな辛気臭い曲を演奏して……」


 そう言いながら、千堂は三村の演奏に耳を傾けつづけた。その時、千堂は関西弁を話していなかった。 


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