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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第一章 集められた子供
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第三三話……侵入者の二人

「ふーん」


 エレベーターが滑るように降りていく。


「まさか、こんな下まで続いていたなんてね」


 階数表示のない、そのエレベーターの勢いはこのまま地球の裏側まで行ってしまうのではないかと思うほどに落ち続けている。

 しばらく落下が続いた後、エレベーターが次第に減速し始めたのを圧力を体に感じながら、ドアの前に立った。


「終点……かな?」


 ドアの向こうには暗闇と通路。

 その広がりに吸い込まれるような錯覚すら覚える。灯りの少なさに視界は限られている。


「うん?」


 今乗ってきたエレベーターの直ぐ隣にもう一つエレベーターがあることに気がついた。


「なるほどなるほど」


 呼び出しボタンを押すとちゃんと反応する。どうやらまだ生きているようだ。そのエレベーターに乗り込むと、エレベーターは再び地下世界へと進路を取った。


「ふむ……」


 このボタン、ずいぶんと疲労度が高い。この研究所ができた時からあったと考えても四十年近くか……。

 幾分狭くなった箱の中で、腕を組みながら終点への到着を待つ。

 箱の壁に寄りかかると、温もりを持たない金属が背中から体温を奪っていく。

 終点にたどり着くと、そこはやはり闇の世界だった。地下世界に迷い込んだのかと本当に思えるほどに最低限の照明しか存在しない一本道だ。


「冷える……」


 箱を降りると、ひんやりとした重い空気が足元から頭まですっぽりと包んでくる。

 地上で過ごしていた格好そのままに来たのでは、ここは少し肌寒い。


「一直線か……」


 どこまで行かせる気なのかしら?

 そうは思えど、終わりまで行かねばならない。

 ここでなければ、もうないだろうし……。

 あとは当たりを引いている事を祈るだけ。


「おお? これは……」


 ナンバー入力式の電子キーロック。かなり旧式のものが使われているが、質は悪くない。

 ペンライトを取り出し、キーを照らしながら順番に叩いていく。


「えっと、1、4、6で2が二回ってとこかな? 考えられる組み合わせは……」


 キーロックを入力モードに切り替え、すばやく数字を打ち込んでいく。


「さてさて、どうなることやら」


 何十通りまで試し終えた時、ディスプレイに「OK」と文字が浮かんだ。


「ラッキー!」


 予想していたよりも早くロックが解除され、思わずガッツポーズをする。しかし、ロックが解除されただけでドアは開かない。

 げげっ、ここまで来て手動?

 仕方なく重苦しいドアを、全身を使って開けにいく。


「ここまで来て力仕事だなんて」


 少しだけ開いたドアの隙間から身をくねらせ、中へと侵入する。


「よっ、と……へぇ」


 その部屋を見回し、思わず感嘆の声をもれる。僅かな照明の中、多くの機材の中に埋もれるように安置された巨大なカプセルが一際存在感をしめしていた。

 カプセルの青白い光の中で一人の少女が何も纏わぬ、生まれたままの姿で眠っている。

 眠っている? 

 それが本当に人間なのかもわからない。彼女はまるで精巧に作られた美しい人形のようにも見える。

 芸術的で官能的、子供のような大人のようなどちらとも判断がつかない。

 瞳を閉じ、呼吸はしていない。しかしその肌は生気を失うことなく艶かしさすら感じる。

 仮死状態とでも言えばいいのか。


「ずいぶん綺麗な子ね……ねぇ? あなたもそう思うでしょう? 保守派のお兄さん」


「おやおや、わかっていましたか」


「もちろん。私ってば結構勘がよくてね」


 振り向きもせずに、背後に感じる男におどけたように言う。


「それで、何のよう? 保守派がここに来る必要性があるかしら?」


「老人達の命令で活動している事は否定はしませんが。まあ、ここに関しては、個人的趣味ということで」


「へえ、それは高尚なご趣味で」


「ちなみに、あなたは? まさか、そこにあるお人形を見学しにきた……わけではないでしょう?」


「どうかしら?」


 とぼけた口調で肩をすくめながら、カプセルの中の少女の顔を覗き込む。

 生命を感じさせる人形。人間ではない。それはあくまで人形であった。


「さてさて、どうする気ですか? 推進派としては?」


「どうすると思う? あなたの予想は?」


 カプセルを指先でなぞると、今度はそれを背にし、寄りかかるようにしながら男の方に向き直る。

 すると、カプセルからの光が妖艶に彼女の姿を浮かべあがらせる。

 入り口に寄りかかるスーツの男もまた、とぼけたように頭を掻きながら少し間をおいて口を開いた。


「推進派からすれば、必要課題をすべてクリアしたとは言えないものの、クリエの実験でほぼ目的は果たされている。立場で言えば、推進派が優位。あとは、保守派にとってのカギとなるマリアのDNAの消去。できれば、クリエによるオリジナルの抹殺……」


 男はタバコを取り出すと口にくわえ、ライターを探す。しかし、ライターはない。男はそうやって間をとり、彼女の言葉を待った。


「へぇ、なかなかいい所をついてるじゃない。じゃあ、私がここに来たわけもわかっちゃってるんだ?」


「この部屋の破壊。でも残念な事に、オリジナルがあるかぎりいくらでも複製は可能。そしてそのオリジナルを消す方法が見つかっていない」


「あらあら」


「でも、念のため、ここは消しておきたい。といったところではないかと」


 男は笑みを浮かべ、カプセルを一瞥し、また視線を戻す。


「残念ですけど、あなたが思っているほどに重要な任務ではなさそうですね。もっとも、生まれたばかりのあなたにはそこまで情報を与えられていませんよね?」


 男はニヤリと笑みを浮かべる。


「生まれたばかり? 私が?」


 男はゆっくり足を進め、彼女の瞳を覗き込む。うまくできている。だからこそ不自然に感じる。


「自己学習、自己進化、ナイツが一年前に開発したものでしょう?」


 彼女の目は一瞬不愉快さを色濃く出したが、すぐに挑発的な妖艶な色へと変わっていく。


「期間を考えれば、量産型ではなく。オリジナルタイプ。能力、思考、身体的な面まで精巧に作られているのでしょう」


「ふふ、なんなら確かめてみる?」


 そういうと彼女は自ら白衣に手をかけ、外界に肌理細かな白い肌を晒す。カプセルの青白い光が奇妙なほど怪しく彼女を彩った。


「あなたの手でね」


 近づいた男の首に腕を絡ませ、抱き寄せるように瞳をあわせる。


「いいんですか? こんな事をして?」


「私を始末するために来たんでしょう?」


「ここに来たのは個人的な趣味だと言ったはずですが」


「そうだった」


「あなたこそ、私を殺して何食わぬ顔でここから帰ることができるはずですよ。あなたは魅力的ですからね」


 彼女は男の言葉に頷く。


「そうね、でも、あなたに興味があるの。そうね、個人的な趣味として、ね」


「なるほど、それは私も同感です」


 男はそう言って笑みを浮かべると、彼女の細い腰に腕をまわした。


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