第三二話……日倉皐月2
「……?」
「……?」
「いやいや、なんでわかるんだよ?」
「はいぃ、それはぁ予知をしたのですぅ。『プリディクト』っていいますぅ」
「予知?」
「はいぃ、二十四時間内のことを……」
「……」
「……」
「なんだよ」
「ちゃんと聞いてますぅ?」
話が長くなりそうだと判断した空が適当に聞き流していることに気が付いた皐月はふくれっ面になった。
「聞いてるよ、つまり予知をしたんだろ? おそらく二十四時間以内のことを予知できる能力で、ここで俺が転ぶのがわかっていた、とか言うんだろう?」
「ええぇ!?」
空の言葉に皐月は大きな瞳を見開き、驚きの声を上げる。
「もしかしてぇ、予知しましたぁ?」
「予知じゃなくて予測だよ」
「ふぅん」
どうやら皐月の機嫌を損ねたらしく、皐月はいじけたようにプイッと横顔を見せる。
その動きすらも、どことなくゆっくりに見えてしまう。
「転ぶのがわかっていたのなら、なんで教えてくれなかったんだ?」
「教えようとぉしたんですけどぉ、その前に転んでましたぁ」
「……そうか」
空はドッと疲れたような気がした。何でもない内容を話しているはずなのに、時間ばかりかかっているような気がする。
しかし、皐月のペースからすれば、空自身が相当にゆっくりと歩いてなければ注意は間に合わなかったに違いない。
悪気はなかったんだろうから、仕方ないか。
と空は肩を落とす。
「風見!」
「あれ、千堂。どうしたんだ?」
通路奥から走ってきた千堂は疲れたように空の名を呼んで駆け寄った。
「どうしたやと? ずいぶん遅いから迎えにきたんや。ユキとサヤが、空が遅いいうて駄々こねて……」
千堂の身振り手振り、手の甲についた爪の痕が不機嫌の度合いを物語っている。
「……それは悪かったな」
空は今になって、帰ったら遊ぶ約束だったのを思い出した。早く戻ると言ってしまった手前、相当に荒れているのだろう。
「それも遅れた理由が女と話してたなんて聞いたら……」
そこまで言った所で、千堂は初めて空が話していた皐月の姿を確認した。茶化すような表情だった彼は一瞬凍りつく。だが、それは彼女の次の言葉で氷解した。
「千堂さん、久しぶりですねぇ」
「な、なんや、皐月か。久しぶりやな。珍しいやんか、こんな所にいるんて」
「はいぃ、空さんに、ご挨拶したかったんですぅ。だから、ここで待ってたんです
よぉ」
「そ、そうか。如月はどないしてる?」
「キサちゃんはぁ、お昼寝してますぅ」
「そうかそうか、うんうん。まあ、一先ずはよ行こうか、サヤ達がうるさいから
な」
「あ、ああ……」
明らかに動揺している千堂に首をかしげながら、空は頷き「じゃあな、日倉」と皐月に手を振った。
「はいぃ、さよならですぅ、空さん~」
皐月はにこにこと笑いながら手を振った。空達が見えなくなると、皐月は惚けたように空達とは反対側に向かい歩き出す。その瞳には、さきほどまでの光はなく、まるで遠い夜空でも眺めているかのように暗い瞳であった。
「まったく、お前、運がいいわ」
「運が? どうして?」
「出会ったのが、皐月やで」
「……だから?」
言葉の意味がわからないという顔をしていると、千堂は苦笑いしてこう言った。
「もう一人の挨拶は手荒いんや」
もう一人? 誰のことだ?
空は少しだけ想像力を働かせてみた。
「……うん」
確かに、皐月みたいのがもう一人いたとしたら手荒いどころじゃない。話が永遠に聞き終わらないだろうな。
空は歩きながらそんな事を思った。