第三十話……神楽真結
「で、でさ、その……真結に頼みたいの。弥生には頼めないし……」
「でも……」
夏美に手を合わされ、神楽は困惑しながら言葉を詰まらせる。
ホールの片隅。夏美の頼みに神楽は頭を抱えていた。その光景を何だかんだと言いながらいつも神楽と一緒にいる蓮見哲也がソファにもたれながら二人の顔を見比べている。
今、ホールには三人しかいないため、神楽が言葉を探すために黙ると、空調の音がやけに耳についた。
「いいじゃん、頼まれてやれば」
困惑する神楽と懇願する夏美の横から蓮見が提案をする。
「……!」
蓮見の助け舟に夏美はパッと顔を明るくする。その顔は明らかに蓮見に対して感謝の念が現れている。そのとなりで神楽がにらんでいたのであるが。
「……でも、その聖さん、ちょっと恐いし」
夏美の頼みというのは「聖の心を読んでほしい」というものだ。彼女は聖が自分の事をどんな風に思っているかを知りたいのだというのだ。
神楽も夏美と聖を応援したい気持ちはあるが、これを行うにはいくつかの壁がある。
神楽の能力では、聖の体の一部のどこかに触れなければならない。そして、その時に彼が夏美の事を考えていなければならない。
聖は神楽の能力を知っている、手袋を外して近づいたりすれば、彼の事だ、きっと警戒するに違いない。
「別にさ、そんなの能力を使わなくても平気だと思うんだけどな……」
神楽は言った。やりたくないから言ったのではない。
聖の方から話をする女子というのは、夏美ぐらいしかいないのだ。傍からみていれば、二人は付き合っていてもおかしくないような接し方をしている。
「聖さんと仲がいい人いるじゃない。梶とか一馬とか、千堂さんとかに頼んでみるほうがいいと思うんだけど」
今度は夏美が言葉を詰まらせる。
聖は年少組とは男女問わず普通に話しているし同年代なら男の友達も多い。しかし、その方法を試すとなればまた問題が出てくる。
「協力してもらう人に説明しなきゃいけなくなっちゃうでしょう? それに本人にバレちゃうかもしれないし」
もうバレバレだと思うけど……。
恥ずかしがっている夏美に神楽は呆れたように頭を掻く。
「まあ、わからなくもないけどね」
なぜか蓮見が同意するので、神楽は意外そうな顔をした。
「そう、なの?」
「まあ、ね」
「そういうもの……そういう気分になったことないからわからないけど、二人が言うのならそうなのかもしれないわね」
「で、頼める?」
脱線していた話を戻すように夏美が真剣な声で言う。そのまなざしがあまりに真面目だったので、神楽は少しだけ反省した。
けれど、聖の顔を思い出すとやっぱり恐い。別に常にイライラしているというわけではないし、強面というわけでもない。かもし出している雰囲気というか、気配が鋭い感じがするのだ。
その聖に触れなければならないなんて。
「……」
「……聖は隙がないもの、必ず気づかれるわよ。私、普段そばにいかないでしょう? 夏美みたいに触れないもん」
「そ、そっか……」
肩を落としていた夏美は神楽のフォローにまんざらでもないように照れながら頬が緩んでいる。
「それに、他にもいい方法があると思うんだよね」
「他にって?」
「えっと……ね? 哲也あるでしょう?」
元気づけるためだけに勢いで言ってしまい、神楽は慌てて蓮見に話を振る。蓮見は「うん」と小さく頷き、少し考えてからこう言った。
「そうだね。千堂に頼んでみるのがいいと思う。千堂にそれとなく夏美の話をしてもらって、その時に千堂の『カラー』で見てもらえばいいんじゃないかな」
幸いな事に千堂と聖が話をする姿はたまに見かけることができる。たまに話すついでにしてもらえば怪しまれることもないはず。
「千堂君?」
実を言うと夏美は千堂の事をよく知らない。奇妙な関西弁をしゃべっているという印象ぐらいしかない。
「千堂には僕から言っておくからさ」
「本当?」
「うん、まかせておいて」
蓮見の言葉に、夏美はやっと笑顔になった。
「ありがとう……あっ」
夏美は自分の腕時計を見ると思わず声を上げ立ち上がった。
「もうこんな時間だ、実験時間に遅刻しちゃう。急がなきゃ」
「がんばってね」
夏美は神楽達に手を振ると駆け足でホールを出て行った。夏美が入れ替わるように静寂がホールの中に忍び込んできたかのように静まり返る。
しばらく静寂が居ついたが、いつのまにどこかへ散歩へ行ったのか神楽がため息をついて、さっきよりも小声になって切り出した。
「二人とも仲がいいように思うんだけどね。あんなに近くにても気持ちってわからないもんなんだね」
「そうだね。そばにいると色々わからなくなるのかもしれないね」
蓮見はしみじみと呟いた。