第二九話……不破博士2
「都合よく涙なんかでないわ」
「……大変なんだな」
「まあね」
不破はため息をつくと、博士というよりも歳の近い普通の女の子のようにも見えた。もっとも白衣を着ていなければだが。
「ずいぶん若いんだな」
……いや、若く見える、の方がよかっただろうか。と、心の中で思い返す。
「そう? 君よりも三つもお姉さんよ?」
「三つ? 二十歳?」
博士ってことは? 二十歳じゃあ……?
「私、飛び級で大学行ってるから。まあ、自分で言うのもなんだけど、私ってば、かなり優秀だから。君の未覚醒の能力は必ず覚醒させ、最大限発揮できるようにしてあげるわ」
それが素のしゃべり方なのか、不破はずいぶんと早口だ。空は言葉を挟むことができずに、何度か言葉を飲み込んだ。
「一つ聞いていいか?」
「何?」
「俺にも、能力があるのか?」
空は今まで見てきたここにいる実験体である子供達のような力が自分にあるのか、いまだに信用できないでいた。能力の不可思議さもあるが、現段階で自分自身に能力が覚醒しそうな予兆もないのだから当然と言えば当然の心理であった。
「そうね、資料を見るかぎりにおいては、予想される潜在値はAクラスに分類されているわ。これは一応、一番上のランクよ。まあ、個人的にはこの計算方式には……」
「それがどういったものなのか、予想とかできないのか?」
「できないわ。能力は覚醒して初めて、それがどんなものなのかを知るのよ」
早口の不破に負けないように、空は急いで言葉を挟まねばならない。
不破は隔離実験室内の隅においてあったパイプ椅子を持ってくると、一つを空に薦め、自分も外にいる研究者たちに背を向けるように腰かける。
「どんなものなのかわからない力を覚醒させてどうするんだ?」
「もちろん研究ね、分析、解析して、それがどう言ったものなのかを理解する」
空の問いにまるで返答がまるで用意されているかのように即答で返ってくる。あまりの速さに心を読まれているのではないかと思ってしまうほどだ。
「な、何のために?」
「あら、理由を知らないの?」
意外だという顔で不破は驚いた。そして言葉を続けた。「今の世界がこんな風になってしまった、あの出来事がきっかけよ。学校で習ったでしょう?」
「……」
その事件は確かに学校で習うものだ。小学生でも知っている。世界を変えた十三の光柱。その始まりとなった十二月だったことから通称「ライトクリスマス」とも呼ばれている。世界には壊滅的な災厄が訪れ、多くの命が失われた。しかし、その光を目撃した多くの人間達の意識はこれをきっかけに変容したとも言われている。
学校の教科書では、その程度に記載されてはいる。
「科学の進歩は限界を迎えた。人間は心の進化をしなければならないってね」
「心の進化?」
「正確には違うけど、まあ、大筋そんなところかしら? そのためにあなた達を調べているってわけね」
得意顔で説明する不破だが、空には納得がいかない。
「心の進化って?」
「意識の改革ってだけなく、もっと形のあるようなものでなければ人間は納得しないわ。そんな時に目をつけられたのがあなた達ってわけ」
「それで超能力?」
「超能力って、実はどんな人間でも少なからずもっているものよ。予知夢や、普通は見ることができないようなものを見たり、感じたりすることができたり、とかね。けれど、あなた達は少し違うわ。従来存在した超能力者よりも力の安定性やコントロール、出力は群を抜いている、まさに特異な存在よ」
特異。空はその点に関して妙に納得する。
ここにいる実験体の子供達が能力を使う時には、ごく自然に、あたり前のように使っている。そのことに対して、特別な事をしているという感じはまるでないのだ。
「君達の体の中には普通の人間とは違った、力を覚醒させ、増大するDNAがあることがわかったの。私達はそれを研究し、多くの人間に覚醒してもらおうってわけ」
ただでさえ早口の不破はさらに早口になって説明すると、どうだといわんばかりに形のよい胸を張った。
多くの人間に覚醒か……。そんな事、上村もいってたな。
空はふと上村と山崎の顔を思い出した。それがこの研究所の大義名分といったところなのだろう。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
不破は仕切りなおすようにポンと手を叩いて立ち上がる。彼女はチラッと外に待つ研究者を一瞥すると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
空はその笑みに、博士とは言っても中身は歳の近い女の子なのだな、と思うのだった。