第二八話……不破博士1
「……」
いつもとずいぶん雰囲気が違うな。
その部屋を見回し、空は率直に思った。理由は簡単だった。担当する人間が少ないのだ。
特別な機材を使わないのならば、山崎だと一対一が多いし、山崎以外でも多くても三人といったところだ。
空はまだ覚醒もしていないし、それほど人員をさかれているわけでもない。ところが、この部屋には視界に入るだけで五人も人間がいる。
「初めまして、私の名は不破睦。よろしく」
「……どうも」
実に事務的な台本にでも載っていそうな台詞とマニュアル通りに読んだかのような挨拶に空は少々面を食らった。
いや、それ以上に、彼女がこのメンバーの中の責任者なのだということに驚いたのかもしれない。
不破は、十代かと思うほどに若く見える。身長の低さや顔立ちが拍車をかけている。
実年齢がどれほどなのかは空には予測が付かなかった。
間違いなく美人と言われるような印象だが、その容姿とは裏腹にどこか凛とした佇まいを演出しているように見えてしまう。
決まりきらないのは身長のせいか?
それともサイズを間違えてしまったのか、大きすぎる白衣を着ているからなのか、どちらが原因なのか決めかねる。
「……」
空は不破からまっすぐ目を向けられ、頭を掻いた。
周囲の人間の顔色を伺うかぎり何となく刺しが付いた。
なるほど、新人さんに様子見ってことか。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
「一先ず、いつも通りで」
不破は資料を手にするとバラバラとページを流していく。その速度では、ページの中が本当に見えているのかもあやしい。
「……」
「あのさ」
「うん?」
「いつも何してるの?」
「……」
どうやらただ流していただけらしい。
「博士……」
そばにいた白衣の女が不破の袖を引き、焦ったように何かを耳打ちする。
周囲からはクスクスと笑い声がこぼれている。
「えっ? ああ」
何かを気が付いたのか、不破は記録の一番最後の欄にかかれたメモに目を通す。
「うーん、なるほどね」
「わかったのか?」
「なんとなく。……じゃあ、隔離実験室に行きましょうか。ここ、狭いから」
不破はいきなり空の腕を掴み、その体格からは想像できないような力で彼を隔離室へと連れ込んだ。
「ちょ、ちょっと、いきなり何を……!?」
バンッ。
一瞬の出来事に周囲にいた助手達の反応が遅れた。不破は空と共に実験室の中に入ると、内側から鍵を閉め、そばにあったマイクを手にとりこう言った。
「今回は、彼と二人きりの方がいいみたいだから、少し出ていってください」
おいおい……。
空が呆れていると不破はマイクのスイッチを切る。スイッチを切ると完全に防音が効いているのか、強化ガラスの向こうにいる研究員達が何か言っているが音声を消されたテレビのように何も聞こえない。
「ああ、肩凝った……」
不破は空にも聞こえるように愚痴をこぼしながら伸びをする。
「博士、勝手なことをしないでください!」
「鍵をあけてください!」
「やれやれ……」
研究者たちは予備のマイクを使う。このマイクは外部からしかコントロールできない。その気になれば、外部から一方的にドアを開けることもできる。
「こんなことをしても時間の問題だろうに」
「少しは主張も必要よ。なんだかんだでスムーズに行っても開けるまでに五分はかかるでしょう?」
そう言って、不破は研究者たちに涙目で何かを真剣なまなざしで訴えた。
訴える。と言っても、音声はない。表情だけの迫真の演技だ。
すると、何かが伝わったのか、研究者たちは静かになった。
「ほら、これで十分は余裕が出たわ。うまくすれば、二十分は平気ね」
「目薬が……」
涙だと思ったが、不破の手にはいつのまにか目薬が握られている。もちろん外にいる人間達からは死角になる位置で。