第一話……千堂龍歩
二XXX年。七月二十四日。
「おい、いい加減に放せよ、逃げたりしないから」
体格のいい黒スーツの男に両脇から抱え上げられながら、通路の闇から強引に連行されてくる。
男達は彼の抗議など少しも耳を貸さず、ただ沈黙を守ったまま自分達の仕事を黙々とこなしている。
朴念仁、わからずや、いきなりこんな扱いかよ! ちょっと、暴れただけでよ……。
そんなことを思いながら、彼はムッツリとして黙りこんだ。
崩壊した埼玉県さいたま市岩槻区全域を覆うように建造された国立研究機関、異能力研究所。
二0XX年発足。世界を襲ったあの事件の八年後に創立された。
東京都の約半分と千葉県と神奈川の一部を削り取られ、、東京湾は相模湾と一つになってしまった。
多くの死傷者を出したこの事件は、日本を始まりとして、各国にも襲来し世界の人口は急激に減少、事態の収拾に何年もの月日が費やされ、復興は追いつかず、長い恐慌状態に陥ることになった。
「ここがお前の部屋だ」
「うわっ!?」
男達は彼を部屋の中に、文字通り放り込むと、反論をする前にドアをバタンと閉じた。
どうやら鍵はかけていかなかったらしい。
それらしい音がしなかったからだ。
逃げないことがわかっているのだろう。
このドア一枚を開けた所で現状は少しも変わることはない。むしろ、そんなことをすれば、自分の立場が悪くなる可能性のほうが高いだろう。
「ああ、もうっ!」
むなしく声が響いた。
よく声が響く。
牢獄、というわけではない。
空調もあるし……ちゃんと動いてもいる。ベッドもあれば、物置らしい棚もある。残念なことにテレビはない。モニターのようなものはあるがどのように操作すればよいのかわからない。リモコンらしきものが見当たらない。
コンコン。
ノックの音。
「入ってるよ」
「新入り、入るぞ」
「なんだ?」
標準語まじりの関西弁。いや、関西人ではない人間が使う、奇妙なアクセントの関西弁だ。
その声は形ばかりのノックをしてすぐにドアを開けていた。
「入ってるっていってるだろ」
「ああ、聞こえたよ、だから開けた」
いきなりの訪問者に彼は頭を掻いた。
長身細身の客人は長い黒髪を後ろで一つにまとめていた。歳の頃は十八、九……人懐っこい印象を与える男だった。
「……」
「ああ、もしかしたら、開けたらまずかった? ごめんごめん、そう怒らずに。俺の名前は千堂龍歩、龍が歩くで『りゅうほ』な。となりの部屋の住人、つまり仲良くしなきゃいけないお隣さん、ご近所付き合い大事でしょう?」
そういいながら千堂は彼の前を横切ると、部屋に一つしかないキャスター付きの椅子を転がし腰かける。
「で」
「で?」
「君の名前、俺は名乗ったろが。名前を聞くなら、まず自分から、だろ?」
「……」
「ああ、まだ俺の事、信用してないな。不信の色が出てる」
「色?」
「そう、不信の色、グレー」
何だ?
彼は思わず自分の服装に目を向けた。しかし、自分の着ている物のどこかにグレーがあったとしても、それが何か関係しているとは思えない。
「俺の能力『カラー』。人の感情を色で識別できるんよ。どう? ネタばらしして、少しは信用してもらえた?」
「カラー? 能力?」
わけがわからないという顔をする彼に千堂も首を傾げる。
「お前さんも上村に発見されたんだろ? 能力者として……」
「……?」
「あら?」
二人は顔を見合わせ、しばらく沈黙が続いた。どうも会話がかみ合っていないようだ。
「何も知らないってこと?」
「少なくともお前の言うことは理解に苦しむ、といったところだ」
「あらら」
千堂はあてが外れ椅子の上で天を仰いだ。
「まだ覚醒前なのか」
「覚醒?」
「そう、ここは異能力研究所なんだから。もちろん、そう、なんていうかな……いわゆる超能力を研究しているわけ」
「……」
千堂はもったいぶったような口調でニコニコと笑いながら言った。
「そんな話……」
「つまり、ここは超能力をもった子供を集めている研究機関ってわけさ」
千堂は反論しようと口を開いた彼を制するように手をふると言葉を続けた。
「なんで、そんなことを?」
「それはな、何でも俺らの持つ能力を研究し、その能力をDNAレベルで解析し、誰でも超能力を使えるようにする、とか、なんとか」
「それ、お前は信じているのか?」
超能力。といわれるものがあるとは聞いたことがある。もちろん、テレビなどでも見たことはあるが、その大半は偽物だったりトリックだったりということがあとで暴かれたりしている。
こんな研究所を作ってまで研究する価値があるような事であるとは思えない。