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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第一章 集められた子供
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第二三話……塚本聖

「じゃあ、構えて。聖君、準備はいい?」


「いつでもどうぞ」


 屋内運動施設のような隔離実験室のスピーカーから深津かおり博士の声が響く。

 聖と呼ばれた少年は片手をポケットに突っ込んだまま、十メートルほど離れた所に重機のようなロボットが置かれている。その大きさは身長一八五センチ、体重八七キロの筋肉質の彼が小さく見えるほどだ。


「じゃあ、行くわ」


 別室の深津博士の合図で、助手の男はレバーを下げた。重機が唸りを上げる。

 耳を塞ぎたくなるような機械音を立てながら、重機のアームが振り上げられる、アームの先には巨大な鉈のようなものが取り付けられている。

 形状こそ、鉈と呼ぶことができそうなものだが、刃の厚みも刀身もまるで人が扱うような代物ではない。

 驚くほど軽快に重機が移動すると、胴体部分が回転し、機械的な遠心力に加速した鉈が塚本聖の肩口めがけ振り下ろされた。


「……」


 キィィィィンッ。

 高い金属音と共に一瞬、火花が散る。重機のアームと本体がガタガタと悲鳴を上げる。その瞬間、鉈が飛び重機の裏に飛んでいった。


「……」


「驚きましたね、クリアしましたよ」


「計算上、予測はしていたけど、まるで無傷とはね」


 深津は記録をとる。

 塚本聖、十八歳。能力名『バリア』。外部からの物理衝撃を遮断。反射能力なし。第二十三回対衝撃実験、成功。


「彼の防御範囲、前回実験よりも二センチ以上拡大していましたね」


「そうね、まだ、余裕があるみたいにも見えたわね」


 反射すること差し引いても、星川君よりも防御能力は上見たいね

 深津は山崎に内線で連絡を入れる。この時間なら別の実験場で能力測定をしているはずだ。記憶では藤本俊明だったか。


「はい」


「深津です。塚本君の実験なのですが、第四段階はほぼ完璧です。次の段階に移行してもよろしいでしょうか?」


「そうね……」


 内線の山崎の声は少し考えるように間を取った。


「そうね、それじゃあ、移行して。最初は本体を狙わないでね」


「了解しました」



 巨大な金属性の鉈が宙を舞い、轟音を立てて地面に転がった。

 つまらない実験だ……。

 聖はコントロール室で記録を取る深津を見上げる。

 実験レベル四。現在の聖の能力レベルである。四とは能力の成長度を表す数字となっている。段階事に聖に向けられるものが変わっていき、今はこんなものになっている。

 よくあんなものを造ったもんだ。けど……

 出来損ないだ。

 形ばかりで、本物じゃない。

 もっと、楽しめると思ったのに。

 聖はそう思った。

 はやく部屋に帰りてぇ……。


「もう、終わりじゃないのか?」


 聖は苛つきながらもう一度深津の方に目を向ける。しかし、まだ何かやっている。


「……」


 聖は壁に背にして腕を組み、動かなくなった重機がやけにさみしく感じられた。


「……?」


 ふと、聖は着物を来た自分の姿を思い出した。

 そう言えば、あの頃の風景に似ているような気もするな……。

 幼い聖は舞を舞った。

 彼の母親は日本舞踊の家元だった。そのために聖も小さな頃から、物心ついた時にはすでに踊り始めていた。

 母の事は好きだったし、踊りも悪くなかった。しかし、聖には少々退屈だった。

 そんなことで他愛もないイジメやケンカなどになったりもした。しかし、聖にとってはそこで行われるケンカ、殴りあうような本当のケンカの方が高揚感があり、充実していた。

 聖は普段満たされない何かが、そこで埋められていくような気がしていた。そのため、聖からケンカを売ることも少なくなかった。

 しかし、ケンカなどして帰った日の母はいつも悲しそうだった。涙を見せたこともある。もともと、そんなことに縁のない生活をしてきた人であったから、彼の充実感や高揚感への理解は薄かった。


「……?」


 あれ、あの踊り、名前はなんだっけか? 

 何度も稽古したものだ。体は覚えている。しかし、名前を忘れてしまった。

 ただ、母に喜んでももらうためだけに稽古に励んでいた幼い聖はやがて踊りを終わり、妙に礼儀正しく深々と頭を下げた。


「聖君、実験を再開するわ。次はレベルを五に変更するけどいいかしら?」


「早くしてくれ、退屈で死にそうだ」


 断る権限などないことはわかっている。確認は形式上、聞いているようなものだ。


「OK、じゃあ、いくわ」


 深津の言葉を合図にして隔離実験室の中にまたいくつかのアームが姿を現す。


「……なるほど」


 アームの先には研究所で強化されたライフルをはじめとした銃火器が並ぶ。

 おもしろい。


「カウントをするわ。ゼロで……」


「いらない」


「えっ?」


「早く打て」


 聖は笑みを浮かべながら、銃器に近づいていく。その足取りにはまるで迷いはない。

 彼の何かに魅入られたような瞳に、深津達は寒気を覚えた。


「いくわよ、聖君、いいわね」


 深津は戸惑いながらもさきほどと同じように合図を送る。それに応じて銃声が響いた。


「……!」


「聖君!」


 不覚にも目を閉じてしまった。

 深津は悔恨の念にかられる。その瞬間を見ておけない自分の弱さが情けない。同時に聖の名をとっさに呼んでいた。

 聖の雰囲気におされ、山崎に言われていた「標準を外して」おくことを失念していたことが深津の気持ちを焦らせる。

 聖が肉塊になっていないことを祈りながら、彼の姿を探した。


「!?」


 銃弾はすべて聖の手前三十センチの空中に浮かんだまま停止し、聖自身は僅かに額から血を流していた。


「聖君……?」


 ああ、最高だ……。

 彼は天を仰いだ。

 バラバラと銃弾が床に転がった。


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