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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第一章 集められた子供
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第二二話……沖田麗奈と沖田静香

<姉さん……>


<……波よ>


<……うん> 


「波です」

 沖田静香はうつむきながら姉から聞いた言葉を口にした。彼女は脳波を計測するための装置を頭部につけられている。

 四方を囲まれ、開閉することのない窓の向こうにはデータ収集をするために数名の研究者の姿。部屋の中には彼女のほかにもう一人、白衣の女が彼女の言葉を記録している。

 カルテのような記録用紙にペンが走る。カルテに記録していく音がやけに耳につく。

 自分の回答が、どんな結果なのか、そんなことは静香自身はどうでもいいことだった。なぜなら、姉がそう言っているのだから。

『テレパス』を持つ沖田姉妹に行われるいくつかの実験の中でこれはよく行われるものだ。

 二人の距離を少しづつ離していき『テレパス』の有効範囲を調べているのだ。

 姉の麗菜が見たカードのマークを伝えるだけだが、今までの実験回数からかなりの距離が離れた所に姉はいる。 


「……」


<姉さん?>


<何? 何か変な事とかされた?>


<ううん>


<なら、いいけど>


 静香の言葉に麗菜は安心したように呟いた。


<姉さん、今はどこにいるの?>


<この前よりも遠いのは確かだと思うんだけど……よくわからない>


 姉の声はいつもと同じように、ぴったりとあった高性能なラジオのようにクリーンに頭の中に聞こえてくる。いや、それは聞こえてきているというよりも「感じる」と、言った方が正確かもしれない。


<姉さん、私……>


<えっ? えっ? どうしたの?>


 静香の沈んだ声に麗菜は狼狽する。


<私、家に帰りたいな……>


<静香……>


 家に……。

 麗菜は沈痛に満ちてうつむく。こんな時には離れていることに感謝する。顔を見られなくて済むからだ。

 麗菜はどこかの図書館にあるような何千ページもありそうな辞書でも引いて、妹へ気の利いた言葉を探したい気持ちになった。

 家か……。

 麗菜は壁に囲まれた部屋の一転を呆けながら眺めると、一端力を途切れさせた。

 家。二人の家は、何もない家だった。テーブル、椅子、食器、灯り、ベッド、母親……何もなかった。あるのは朝日と月灯りを取り込む窓と、白いほこり。

 姉妹は母親が死んだ直後に、上村によってここに連れてこられた。その家に、顔も声も知らない父と優しい母の思い出を置き去りにして。

 ここの生活に不満がないわけでない。けれど、ここからでれば、あの家に帰れば、また生きるために、食べ物に悩む日々に戻らなければならなくなる。

 少なくともここに居れば食べることに困ることはない。寒さも雨にも困ることはない。

 妹を守るため、自分を守るため。

 家や母親への感傷など忘れるべきだ。少なくとも自分は。そう麗菜は言い聞かせる。

 妹にも言わせてやろう。そのためには、自分は言わない方がいい。

 自分の気持ちがいかなるものであっても。



「お母さん!」


 椅子に腰かける母親の膝に静香が抱きつく。

 静香は長さのある髪を右側で結び、母が作ってくれた紺のワンピースを着ていた。麗菜と同じ服。麗菜は髪を左で結んでいる。


「どうしたの? 静香」


 柔かな手が静香の髪に触れると静香は安らいだように目を細めた。

 その家族は、裕福ではないが、ごく普通の幸せな家族だった。

 ただ一つ欠けているものもあったが。


「ねえ、お父さんはいつ帰ってくるの?」


 麗菜が聞いた。無邪気で遠慮のない、素直な問いかけに、今の麗菜が聞いていれば思わず顔をしかめただろう。

 ああ、そんな事、聞かなくていいのに。


「お父さん?」


「うん」


 母は笑顔だった。今までと変わらぬ優しさに溢れた瞳で少し考えているかのように間をおく。いつもと同じように。


「お父さんはね、遠くでお仕事しているのよ」


「うん」


 そして、いつもと同じように幾度となく聞いた答え。


「今日はどこのお国かな?」


 言ったあとで母は決まって、いたずらっ子のような少女のような顔をしてみせた。

 母の顔、その会話が、温かかった。

 麗菜はよくこの場面を思い出す。いつも同じ問いと答えと母の笑顔。

 それはきっと静香もそう思っているに違いなかった。

 母の亡きあと、父を恨んだこともあった。

 ただ、何となくわかってきた。つい最近になって麗菜は誰から言われるでもなく、直感的に理解した。

 父親はいなかったのだ。外国に行っているというのは嘘だ。かといって蒸発したでもなく、ましてや死んだわけでもない。

 父はいなかったのだ。

 だから、母親はいつもあんなに明るく振舞えたのだと思う。

 ただ、確証はない。確かめる手段がないからだ。しかし、わかっていることはある。今

 あの家に帰っても、助けてくれる人は現れないということだ。


<姉さん?>


<うん> 


 静香の声が聞こえた。


<私……>


<うん>


 大丈夫、言わなくたって静香もわかってるはず……。

 麗菜は、浮かんできた二人のためにある魔法の言葉を心の奥底にしまいこんだ。


「次……」


<静香、次はね> 


 静香の頭の中に、麗菜の声が今まで以上に明確に聞こえる。


「星型……」


 静香の答えは研究者によってカルテに記録される。さっきまでとは全く違う意味をもった答えを、さっきと同じように記録した。 


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