第二十話……西井美奈2
「ただいま、サヤ」
「この子が猫?」
サヤの視線が声のする方に下がっていくと、空に隠れるように立つ美奈に向けられる。
サヤが首を傾げると美奈も不思議そうに首を傾げた。
「サヤは人間なの、少ししか猫じゃないんだから」
そう言って、しっぽをパタパタと揺らしながら抗議する。
「ユキは?」
「お姉ちゃんは寝てるよ」
千堂が顔を出すと、サヤはふくれながらユキの方に目を向けてみせた。千堂が来ることはわかっていたのだが、実際に顔を見るとどうしても顔に出てしまう。
そんなサヤの顔色など少しも気にせず、千堂はサヤの視線の先を目で追った。そこには、普通の猫よりもずいぶん長いしっぽをクルンと体に巻きつけ顔を覆い、まぶしくないようにしながら丸くなって寝る白い塊。
「わあっ!」
ユキの姿に美奈は目をキラキラと輝かせる。
白い毛並み、白いしっぽ、千堂の位置からでは呼吸する白くて丸いクッションのようにも見える。
美奈はサヤを押しのけると、空のベッドで眠るユキのもとに回り込む。
「いきなり行くと……」
機嫌が悪くなる。と空が言おうとしたが、千堂に止められる。
「まあまあ、美奈は動物好きやから。でも、ここじゃあ動物飼えないから」
「いや、好きとか嫌いの問題じゃなくて」
ユキは意外と寝起きの機嫌が悪い。サヤはいつも怒られている。それを見ている空は気をつけているので怒られたことはないが。
「それにしても、動物禁止なのか……?」
空は小声で千堂に言った。小声の理由はユキに聞こえないようにするためだ。
「まあな。猫はいないな。犬もいない。ユキはここで生まれたんやから特別やろ? あとは実験目的のモルモットとネズミとかはいるらしいで、俺は見たことないけど」
実験用のモルモット?
「にゃあ」
部屋はすっかり騒がしくなり、ユキは耳を立てて顔を上げた。
我慢して寝ていようと思っていたが、そうはいかなかった。
「……?」
ユキが気が付くと笑顔の美奈の顔があり、ユキは固まった。
「わたし、西井美奈。よろしくね」
「にゃあ?」
ユキの瞳が大きく開かれ、しっぽがピンと跳ね上がった。
お姉ちゃん?
サヤがそんなユキの姿を見たのは、初めてだった。姉の、そこまで驚いている姿を見るのは。
「千堂、ところで美奈の能力って?」
「まあ、見ててみ」
空はサヤを正面に抱えたまま、椅子に腰かけ、千堂にも椅子をすすめ、座るように促した。空はサヤに離れるように言ってみたが、ニコニコと笑い、わからない振りをされてしまった。この体勢がサヤのお気に入りなのである。
「にゃあ、にゃあ」
「ユキっていうんでしょう?」
「にゃあ……?」
「もちろん」
「にゃあ! にゃあ」
「そんなことないよ」
……?
なんだあれは?
それはまるで美奈の独り言である。